て再び同所に至り、終日終夜一睡だも為さずして水防に努力せり。然るに前日の間牒等ハ水防に来らざるのみならず、却て種々の流言を散じて人夫を出さしめざることを勉め翌十九日終に堤防の破壊するに至るまで何の為す処なく、奸悪にも故らに人民の水防を妨害して堤防の破るゝに任したり。噫、為政の局に当れる有司ハ間牒を放ちて無辜の人民を塗炭の苦に陥れ、隣村の人民ハ自ら起て暴言の汚辱に甘んじ風雨の苦難を凌ぎ以て隣人相愛の事に努力せり。豈是れ好個の対照にあらずや。吾等ハ海老瀬村民の友誼に対して厚く感謝せざる可からず。
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前述の如く海老瀬村ハ吾谷中村と同一堤内に在るが故に、若し堤防にして破れんか、水害の来るハ村の異るを以て免るゝを得ず。自村の利害ハ全く谷中村の利害と其揆を一にするが故に、之を谷中村に属する堤防として対岸の火災視する能ハざる所以なり。両村治水上の関係斯の如く深し。何為ぞ行政区劃の異るを以て危急の災害を顧みざるを得んや。
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三、谷中村と海老瀬村との地勢及治水上の関係密接なるは其間髪を容れず、故に海老瀬村民の谷中村に対する情誼の厚きハ、移して以て谷中村民の海老瀬村を思ふの深きに比すべきなり。若し谷中村にして一朝買収せらるゝ事とならんか、谷中村と同一堤内に在る海老瀬村の一部は其運命を共にせざる可らず。是を以て谷中村民ハ従来の情誼を有する海老瀬村と共に滅亡せざる可からざる悲境を齎らす可き買収に対してハ、自村を愛するの情を以て他村を遇せざる可からず。是れ奸悪なる買収政略に極力反対する所以なり。
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抑谷中村買収の事たる既に八九年以前よりの予謀に出でたるものにして、其間に於ける奸計猾策ハ実に人をして慄然たらしむるものあり。初め鉱山師の徒、地方官と結托して堤防を脆弱ならしめたるを第一着とし、明治三十二年間牒を村※[#二の字点、1−2−22]に派出し良民を勧めて巨額の村債を負ハしめ土地田畑の価を下落せしむる事を謀りて漸※[#二の字点、1−2−22]村民を貧弱ならしめ以て全村を奪掠せんことを企てたるを第二着とし、明治三十六年一月十六日臨時県会を召集して買収案を議せしめ否決せられて事の破れたるを第三着とせり。而して昨三十七年十二月廿[#「廿」に「〔十〕」の注記]日栃木県会ハ夜半密かに秘密会
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