として水を入れるのである、斯ふ云ふのですが之は嘘です、取つて仕舞へば立派な田地でございまして、唯今申す通り二萬圓掛ければ二十萬圓以上のものが取れますから決して水などを入れてブカ/\にするやうなことはない、如何に政府が不經濟が好きでもしない、(笑聲起る)此事は不經濟の側から來たのでない、欲の側から來たので、善い村だから取つて錢儲けをしやうと云ふ主義から來たから、何十萬圓拂つて買取つたら自分の物になると堤防を築いて麥が取りたくなるに違ひない、其時は是から先のことでございますが、決して今日の經濟社會に於て、世の中の人が斯る結構な村を何十萬圓と云ふ金を掛けて四隣が迷惑を云ふに拘らず水を注入して置くことは許すまいと思ひます、彼の村が若し栃木縣の中でも宇都宮近邊、栃木町近邊、東京府なら練馬板橋とか云ふ附近にでもある村でございましたらどの位の立派な村になるでございませう、實に善い所なんです、されば此村の善いと云ふ御話しも少ししませんければなりませぬが、非常に天産力に富んで居る村でございまして、一體渡良瀬川の流れの附近は古來善い土で善い作物の取れることは歴史にある、歌に詩に作つてあるさうであつて、谷中村は其の沖洲で出來たので、堤の外が良い土なので居りますのでどの位作物が取れるかと申しますと、鑛毒の話のない前は肥料をやらぬで十二俵半の米が取れる、村殘らずと云ふ譯にはいきませぬが先づ八俵九俵十俵十一俵十二俵半と云ふ所を昇降して取れた所である、其後鑛毒がありましてから堤防が切れると云ふと中へ鑛毒水が這入りますから中が惡くなりました、中が惡くなりましたけれ共三十五年に堤防の切れたのが大災害であつて又一の幸福になりましたのは三十五年に堤防の切れ目が如何にも場所が宜い所が切れまして三十五年にドツサリ泥が這入つた、三十五年のことは一ツ御話をしなけば[#「けば」に「〔ママ〕」の注記]なりませぬが、三十五年の暴風雨の時には日光其他足尾銅山黒髮山一圓の水源が多く荒まして、そうして渡良瀬川の川上に至つて南北十里東西三四里山が川に向けて崩れました、是が皆見物に往つて驚いて居ります有樣を爲した、殆ど山の土の流れたること五百年ぶりと云ふか千年振りと云ふか古來ないことが出來た、之が山林亂伐山の赤裸の所へ雨が降つたから崩れた、此土が一度にドン/\流れて來て渡良瀬川の低い所に多く這入つた所があつたが多く這入つた所は直ちに昔の通りになつて仕舞つた、谷中村は幸ひ切れ口が、泥の這入る所の口が明きましたから、八分通り泥を置きました、或は二尺置も或は一尺置いた所もある、三寸置いた所も一寸置いた所もある、平均三寸位置いて往つたゞらうか、さう云ふ譯でございまして谷中村堤内は一千町弱ございますけれども其中が眞ツ平で、少し高い所がございますがどうしても泥が入らなかつたから其處は復活しませぬが、低い所は却て宜くなつた、それでございますから元の通りには往きませぬが、前に十二俵半取つた所でも其半分六七俵は取れることになつて來た、是が三十五年の鑛毒地の變化でございます、今日此堤防を丈夫にしますと谷中村は大層幸福なことが出來る、何であるかと申しますれば灌漑用水が渡良瀬川から引込むとどうしても鑛毒水を入れますけれども、谷中村は中に灌漑用水の水が出る所がございますから、渡良瀬川の水を引入れないで十分餘りありますから堤防を完全にすれば鑛毒地の眞ン中に居つて鑛毒知らずの村になると云ふのです、サア之を取りたいのは無理でない。

     △人道の戰爭[#「人道の戰爭」に丸傍点]

 之は二十五年に陸奧宗光が農商務大臣をして居る中に調査したことで、之を祕密にして置いて、それから二十八九年の頃よりソロ/\此堤防を水に浸すやうにして置いた、此通り水浸しにされては堪らぬから村では村債を起して借金をして自から堤防を築かうと云ふ考を起させる、之を勸める、それから村々に借金が出來た、其借金の爲に利息を取られる、地價が大概低くなると云ふ歴史を拵へてあつて、卅五年に至て谷中村の堤防が切れた、幸だから此堤防の切れた口を塞がないで置けば人民は困つて來る、田地の直が安くなり地面の直が安くなる、總ての價が下落するから其下落する所を取るが一番宜いと云ふ結果が生じた、是で谷中村の如きは其分捕を將に半分以上實行されて今に其村を奪ひ取られつゝある所でございます、丁度之を旅順港にしましたら最早鷄冠山も松樹山も取られたと云ふ場合か知りませぬ、併ながら人道の職[#「職」に「〔戰〕」の注記]爭はああ云ふ戰爭と違ひますから、且此道に當る有志なるものは、老ひたりと雖もステツセル[#「ステツセル」に傍線]を氣取る積りはありませぬ。(拍手起る)

     △コツプを飮むのでは無い[#「コツプを飮むのでは無い」に丸傍点]

 序に是非まだ御訴へ申して置かなければ
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