する、貯水池にして洪水の時此村へ洪水を入れるから外の村々が助かると云ふ、其口實も其通りならば宜しいが、其四隣縣より甚だ迷惑であると云ふことを内務省に申出てある、國會にも其書面が出て居る、又此谷中村と云ふ村は決して今迄水が這入つて作物が出來ないと云ふやうな村でないので、立派な村です、夫故に今日御出を願つて御覽になれば能く分ります、皆立派な麥畠です、風が吹けば塵が立つて外の地方と變ることはない、然るに一昨年の麥蒔き時分から、堤防を築かないから、麥蒔きをしてはいかぬと云つて人民に諭す縣廳の役人共です、昨年の夏は田植最中に大勢官吏が押込んで來て、調査と稱して村中を横行して人民を狂亂させた、當年の麥蒔き最中に麥を蒔かなければならぬのに麥を蒔いてはいかぬ、堤防は築かぬから蒔いても取れない、村役場で印を捺して村長の名を以て堤防は決して出來ないからと云つて毎戸に村へ振れると云ふ餘計な世話をして居る、當年麥を蒔かぬ畠がある、之は麥を蒔けよと云ふこそ縣廳の仕事である、申す迄もない、殊に栃木縣知事は栃木縣農會々長である、斯樣な譯で田植へ麥蒔きを妨害して今日堤防を築かせない、斯樣なことを斷言して且公文書を發して居る、人民を買收事務所へ呼付けて堤防は築かない、貴樣等村に居る中は駄目であるぞ、賣れ、畏りましたと云つて賣つて仕舞ふ、是等は賣らぬと云ふ人に對する處置、さうして百姓の農業を妨害し、百姓は折角仕付けても堤防がなければ水が這入りますから麥も稻も取れませぬから躊躇する、一町植へるのを五反で止めます、麥も一町の所を五反で止めますから空地がございます、それでも麥を蒔いた所は立派な所になつて居ります、官吏が先立をして作物を仕付けるなと云ふことを怒鳴り散して歩くと云ふことは、諸君どうでございませう、例へ谷中村を水を溜める所にするにせよ、人民の居る中は堤防は必要と極つて居る、人民はさなくても水鳥でもない、作物を取れば何の害があるか今から五十日經てば麥になる、前に取つたのは食べて仕舞つた、植付けてありますのは是から五十日經たなければ食へぬと云ふ麥になつて居る、併ながら堤防がございませぬから是から雪解け水が來るから這入るに極つて居る、微かなる堤防を築いて呉れ、給[#「給」に「〔急〕」の注記]水止を築いて呉れと云つて何遍願つても出來ませぬ、其中に水がやつて來ますから人民の中から錢を出し合つて僅なものを造つて居ると、之を縣廳から差止めの役人が來る、御理解は御尤か何だか分りませぬが何が惡いのでございませうか、麥を取つて何が惡いのでございませうか、昨年も貴方君吾々が麥を取るのを御妨げで厶いましたけれども昨年からも細い堤防を築いて麥丈を取りました、昨年は麥を取つた結果で幾分か御用が參りまして戰爭の馬糧麥を二百石程獻じました、徴發に應じました、又今日と雖も租税を拂つて居ります、今日と雖も兵隊を出して居ります、馬を寄越せと云へば馬を上げます、昨年吾々の築いた堤防で麥の徴發に應じてある程で厶いますからどうぞ當年も細くも築かして呉れんならぬのに御差止の譯ですか、差止める譯でもないが、相成らぬ、彼是押合つて居ります中に近頃になりまして、河川法に觸れて居ると云つて嚴重なことを書いたものを達して來ました、河川法第十八條に依るとか何條に依るとか云つて、來る二十七日迄に彼の堤防を取拂つて仕舞へ、若し取拂はなければ官自から其堤防を片付ける、片付けて其費用は貴樣達から徴收する、斯う云ふことを書いて寄越しました、是はマア何とも早や言語に絶つて居るとか何とか云ふことでございませうが、何たることでございませうか。
△堤防の破壞[#「堤防の破壞」に丸傍点]
止むことを得ない堤防の御話も少々しなければなりませぬが、谷中村に對する堤防丈の御話を致しますと、谷中村と云ふ村は尤も周圍が堤防で、三里十八町を堤防を以て巡つて居る、赤間沼と云ふ沼がある、之が淺い、是がどうも壞れ易くなつて居る、けれども私が近來見まするに左程至難な堤防ではない、何となれば斯う云ふことがございます、三十五年に堤防が切れました、時に縣會が議決しまして其切付けを防ぐに付いて追々に金を支出致しました、僅か八十五間の切付けを防ぐに付いて縣會が金を出しましたのが三度に十萬圓の金を出した、十萬圓の金を三十六七年に掛けて十萬圓の金を出して僅なる八十五間の切口が塞ぎ得なかつた、夫から八十五間の口が十萬圓の金で塞ぎ得ないと云ふ評判を私共聞いて其所へ參つて見ますと云ふと、如何にも口が塞ぎ切れぬで、左右の堤防が八百間許り波で壞れて居る、酷い有樣に壞れて居るから之は成程波の荒い所だ、成程十萬兩掛けて此僅か八十五間の口が塞げぬ所で仕樣がないと私も欺された、三十七年に參つて更に其波の荒きことに驚いた、如何にも堤防を築くに骨が折れるなと私も一度欺かれた
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