ますが、一體此の渡良瀬川沿岸と云ふものは地味が肥えて居て地價が安い――水害地だから。灌漑用水の方は地價金が高い。其れで賣買値段を申しますると灌漑用水の方は賣買が安い。此の水害地の方の堤外地と申して此の土手の外にある地面は、元と二百圓の取引であつたものが、其れが一圓二圓でも賣買が無いやうになつて居る。元來川の沿岸は浸水を受けると同時に、深山の木の葉が落ちまして、此葉が腐れて洪水の時に流出して田地に注ぎ肥料となるから、洪水が出ますると同時に田地が良くなり、又た冬先に至ては麥作も能く出來た。所が今日肥料と云ふものが來なくなつて、是に代るに毒が來ると云ふ話になつたから、二百圓の地面が一圓二圓になつてしまつた。
 此鑛毒の害を受ける田地の種類が三ツある。第一は用水地である。第二は逆流水と申して、洪水の時に込み上げて來る逆流水が、堤防の裏に廻つて此の堤内の田畑を害す、逆流水を受ける處が十三口あります、渡良瀬沿岸三郡の中に十三口あります。斯う云ふ風に枝川は十三口あつて、水が逆さになつて來るから堤防の中に水が這入る、是が一種であります。第三は水が堤防を破つて新規に荒地を拵へるのであります。之を要するに、前には肥料が來たものが、今日は肥料に代つて毒が來る。それで今一言荒地のことに就て申上げて置きたいのは、尋常の荒地でございますれば是は天災でありますから據ない、所有主の損と國家の損で終るのでございまするが、其に加ふるに人爲の害即ち鑛毒と云ふものを押流しましたのは、先づ賠償金を取る權利があると同時に、前申しまする通り五年十年を以て起返へるべきもので無いと云ふことをば、呉々も諸君に訴へて置かなければなりませぬ。一體租税を司る者は早く注意をしなければならなかつたのであります。大藏省あたりでも何故之を早く當局の大臣に迫らないのでございますか、自分の本領を守つて何故農商務大臣に掛合はないのでございますか。
 被害の種類を御話申しますることは長くなつて出來ませぬから、其項目を朗讀して演説に代へます。其項目は五十四箇條ある。――個人被害は、
[#ここから1字下げ]
田畑荒廢に因れる不動産の滅失。土質變惡に因れる地價の低落。地價低下に因れる賣買實價の下落。土質變惡に因れる肥料増加。田畑荒廢及び土質の變惡に因れる收穫の減失。藁稈の浸害に因れる飼料及び肥料の減失。苅草の浸害に因れる家畜飼料及び肥料の減失。積肥の浸害に因れる土壤培養力の減失。毒水の浸害に因れる家宅倉庫の減失。家宅倉庫の浸害に因れる什器家具の減失。家宅倉庫の浸害に因れる穀菜其他飮食物の減失。家宅倉庫の浸害に因れる家畜家禽の斃亡。毒泥浸入に因れる床下土砂の入替費増加。土中浸毒に因れる水脈の閉塞及び井水新鑿費増加。原野浸毒に因れる茅葭の枯涸及び草屋葺料買入費増加。河川沼地の浸毒に因れる漁業の廢絶。穀菜その他飮食物の減失に因れる榮養補足費の増加。漁業廢絶に因れる榮養補足費の増加。財産減失に因れる衣食住の缺乏。貧困窮迫に因れる身體榮養の不足。貧困窮迫に因れる浸害物喫食の害。井水浸毒に因れる飮料の汚害。薪炭浸毒に因る焚火の烟害。毒水蒸發に因れる大氣呼吸の害。土質變惡に因れる筋骨過勞の害。土地の荒廢に因れる所有權の消滅。財産滅失に因れる選擧權の消滅。
[#ここで字下げ終わり]
又た地方の被害を擧れば、
[#ここから1字下げ]
土地荒廢に因れる共有地の減失。毒水浸入に因れる共有家屋建物の減失。毒水浸入に因れる共有井水浚渫費の増加。地價低落に因れる税源の減失。土地賣買實價下落に因る富力の減失。鑛毒浸入に因れる堤防の竹木草苔の枯涸。竹木草苔の枯涸に因れる堤防の決潰。堤防決潰等に因れる道路及び橋梁の損失。銅山薪炭の増加に因れる水源山林の濫伐。山林濫伐に因れる土砂流失河底埋塞。河底埋塞に因れる舟楫往來の減失。鑛毒浸入に因れる用水路の損失。堤防決潰に因れる治水費の増加。道路橋梁の損失に因れる土木費の増加。失産貧窮に因れる救恤費の増加。貧窮流離に因る戸數及人口の減失。戸數及人口の減失に因れる自治權の縮少。
[#ここで字下げ終わり]
又た國家の被害を擧ぐれば、
[#ここから1字下げ]
土地荒廢に因れる面積の減失。土地荒廢に因れる國有地の減失。毒水浸入に因れる國有家屋建物の減失。税源減少に因れる國庫收入の減少。地方財力の減失に因れる國力の減少。地方負擔過重に因れる國庫補助の増加。健康被害に因れる兵丁合格者の減失。貧困窮迫に因れる國民教育の不振。貧困窮迫に因れる犯罪者の増加。道路橋梁の損失に因れる郵便電信の不通。
[#ここで字下げ終わり]
 是は御退屈になりますから、速記の方へ頼んで書いて貰ふことにして、まだ半分も讀みませぬが是で留めやうと思ひます。斯樣なものが五十條以上もございまするが、詰る所は此の人民が貧困に陷り――人民が貧困に陷
前へ 次へ
全11ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 正造 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング