、我れにしても疑ひは何處に向くべき、調べられなば何とせん、何といはん、言ひ拔けんは罪深し、白状せば伯父が上にもかゝる、我が罪は覺悟の上なれど物がたき伯父樣にまで濡れ衣を着せて、干されぬは貧乏のならひ、かゝる事もする物と人の言ひはせぬか、悲しや何としたらよかろ、伯父樣に疵のつかぬやう、我身が頓死する法は無きかと目は御新造が起居にしたがひて、心はかけ硯のもとにさまよひぬ。
 大勘定とて此夜あるほどの金をまとめて封印の事あり、御新造それ/\と思ひ出して、懸け硯に先程、屋根やの太郎に貸付のもどり彼金《あれ》が二十御座りました、お峰お峰、かけ硯を此處へと奧の間より呼ばれて、最早此時わが命は無き物、大旦那が御目通りにて始めよりの事を申、御新造が無情そのまゝに言ふてのけ、術もなし法もなし正直は我身の守り、逃げもせず隱られもせず、欲かしらねど盜みましたと白状はしましよ、伯父樣|同腹《ひとつ》で無きだけを何處までも陳べて、聞かれずば甲斐なし其場で舌かみ切つて死んだなら、命にかへて嘘とは思しめすまじ、それほど度胸すわれど奧の間へ行く心は屠處《としよ》の羊なり。

     ……………………………………………………

 お峰が引出したるは唯二枚、殘りは十八あるべき筈を、いかにしけん束のまゝ見えずとて底をかへして振へども甲斐なし、怪しきは落散《おちちり》し紙切れにいつ認めしか受取一通。
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(引出しの分も拜借致し候        石之助)
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 さては放蕩かと人々顏を見合せてお峰が詮議は無かりき、孝の餘徳は我れ知らず石之助の罪に成りしか、いや/\知りて序に冠りし罪かも知れず、さらば石之助はお峰が守り本尊なるべし、後の事しりたや。
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(明治二十七年十二月「文學界」 明治二十九年二月「太陽」再
掲載)
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底本:「日本現代文學全集 10 樋口一葉集」講談社
   1962(昭和37)年11月19日第1刷発行
   1969(昭和44)年10月1日第5刷発行
※底本では送りがな、漢字の使い方に不統一がありますが、底本通りにしました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:青空文庫
校正:米田進、小林繁雄
1997年10月15日公開
2004年3月18日修正
青空文庫作成ファイル:
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