て置いては來たれど今頃は目を覺して母さん母さんと婢女《をんな》どもを迷惑がらせ、煎餅《おせん》やおこしの※[#「口+多」、第3水準1−15−2]《たら》しも利かで、皆々手を引いて鬼に喰はすと威《おど》かしてゞも居やう、あゝ可愛さうな事をと聲たてゝも泣きたきを、さしも兩親《ふたおや》の機嫌よげなるに言ひ出かねて、烟にまぎらす烟草二三服、空咳こん/\として涙を襦袢の袖にかくしぬ。
今宵は舊暦の十三夜、舊弊なれどお月見の眞似事に團子《いし/\》をこしらへてお月樣にお備へ申せし、これはお前も好物なれば少々なりとも亥之助に持たせて上やうと思ふたけれど、亥之助も何か極りを惡がつて其樣な物はお止《よし》なされと言ふし、十五夜にあげなんだから片月見に成つても惡るし、喰べさせたいと思ひながら思ふばかりで上る事が出來なんだに、今夜來て呉れるとは夢の樣な、ほんに心が屆いたのであらう、自宅《うち》で甘い物はいくらも喰べやうけれど親のこしらいたは又別物、奧樣氣を取すてゝ今夜は昔しのお關になつて、外見《みえ》を構はず豆なり栗なり氣に入つたを喰べて見せてお呉れ、いつでも父樣と噂すること、出世は出世に相違なく、人の
前へ
次へ
全29ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
樋口 一葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング