そこらが急に淋しくなる
くねつた桑の木の行列も淋しさうに生えてゐる
空は色褪せて灰色に見えて來る
自分も疲れて來る
こゝらは景色がひろすぎる
街の方へ引返へす
[#地から1字上げ](一九一八、三、一九)
小景
爽やかな夕方の往來で
自分は都會から歸つて來る勞働者を迎へる
二人づゝ、或は一人づゝ
長い一本道を歩いて來る。
町の眞中をやつて來る
その輕々しい歩みぶりよ、
彼等は黒いはんてんに股引、足袋はだしで
身も輕く身分も輕く
夕闇の中を涼しく歸つて來る
何か友達と並んで話し乍ら、
道の兩側の古着屋や道路より低い時計屋等に
自由に目をくれ乍ら靜かに歩いて來る。
苦るしみのうしろにある深い喜びを
本當によく解して味つて居るやうに
本當に自由な時間と云ふものを知つてゐる樣に
こゝらはもう全く彼等の領分だ。
大手をふつて歩けるのだ。
夕風の吹いて來る方には妻や小供が待つて居る
夕闇の中で顏は見え無いが自分は彼等を知つて居る
彼等は寛大で柔和である。女も小供も彼等になつく
空には田圃が近いので夜かせぎに圓こい鳥がセツセと飛んで行く
見榮もなく翅の破れたのや
拔けて落ち相な羽をぶらさげてゐるのがあり/\見える
然うして乘合馬車が、
往來の上に水のやうな空氣の中に二つのランプを輝かして走つて行く
何と云ふ慕しさだ。何と云ふ窮屈のない事だ。
[#地から1字上げ](一八、三、一九)
春
春が來た
夜は尚夥しい霜で大地がコチ/\と凍るのに
晝間はもう全く春だ
往來には空氣も人も流れ出した
不思議な一大氣體が日に日に此の世の岸に漂着して來る。
温い湯のやうな空氣が際限も無い空の
はるか遠い、遠い處から
太陽の周りから、自由自在に流れて來る
少しづゝ此世の空氣に微妙に温みを
そゝいでゐるのが目に見えるやうだ。
歩いてゆくと身體に附いてゐた
騷ぎがばつたり靜まつたやうな氣がする
自然の靜かさが萬物を領す
何處までも景色と一緒に歩いて行ける
自由自在に空氣と一緒に流れてゆく。
然うして幾度も、幾度も、
自分の身の内が外の空氣の靜さを感じたり
景色の美しさに魅せられて驚きをくりかへす
その度びに春だと思ふ
雪の日
今暫らく往來は靜かだ。
雪は止んでゐる
人が泥濘を氣をつけ乍ら
ゆつくりと歩いてゐる
向ふからこつちへ來る人の行き惱んだ姿と、
自分の足下をかはり番に見乍ら
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