でありましょう。実は私も大学の国語研究室にこの書物の写本がありまして(これは震災の時に焼けましたが)ずっと前に見たこともあったのでありますけれども、その時分には判らなかったのでありますが、明治四十二年の頃、ちょうど私が国語調査委員会におりまして『万葉集』の文法に関することを調査して色々例を集めておった内に、その第十四巻の東歌《あずまうた》の中に「我」とあるべき所に「家」と使ってあるので少し変だと思って、この巻の中のすべての「家」の字を集めて考えてみたのでありますが、それは当面の問題の解決には用立たなかったのでありますが、そうして見て行く中に、助動詞の「けり」の「け」とか形容詞の語尾の「け」とかには、いつもこの「家」の字が出て来るのを見て、引つづき、あらゆる「け」という音について『万葉集』をずっと調べてみましたところが、我々が普通「け」と読んでいる万葉仮名に、語によっていずれの字を使うかという使い分けがあることを見付けたのであります。それから、まだその他に「キ」とか「コ」とかいう音にもこういうことがあるという見当を附けて調べておったのでありますが、その内に大学の国語研究室に行くことがありまして、その時に偶然『古言別音抄』があったものでありますから、それをソょっと見たところが、ちょうど私のやっていることと同じようなことが書いてあり、そうしてそれは『奥山路』に拠《よ》ったものであるということが書いてありましたので、改めて『奥山路』を読みまして、そうしてよく見ると、成程そうであって、右に述べたような研究であることが判ったのであります。しかし私が『奥山路』によってはじめてかような事実を知ったのでなく、独立して自身でこの事実を見出した、尠《すくな》くも或る部分だけは自分で見出したという関係からして、この書物が大変価値のあるものであることや、どんな性質のものであるかということも解りました。同時に、どういう点に欠点があるかということも判った訳であります。そこでこれはもう一度やり直さなければならぬと考え、そして段々調査も進めたのでありますが、その当時他の仕事を主としておったものですから、この方面を専門に研究しようという積りはなかったものでありますから、あまり急いで研究を進めず、今でも大部分の調査は終っておりますが、研究はまだ完結していないのであります。しかし龍麿の『奥山路』については
前へ
次へ
全62ページ中34ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
橋本 進吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング