いが来た。
二三日前に、弟の厭やがり父母もどうせ死ぬものならといやがっていた、歯の根の膿みを持ったところを院長が切開したところが、いつ迄も出血が止らず、信《のぶ》は力ない声で、
いやあ、いやあ、切るのいやあ。
と泣いていたがとうとう死ぬ迄水の様な血が止らなかった。前日私の行った時はそれでも、私を喜んで大きく眼をあけていた。弟の病気が重いとは知りつつも死を予期しなかった私達は胸をドキドキさせてかけつけた。やっと[#「やっと」に傍点]間にあった。院長も外の軍医も皆枕元に立っていた。「それ二人とも水をおあげ」と母が出した末期の水を、夢中で信《のぶ》の唇にしめしてやった。何とも書きつくせぬ沈黙の中に、骨肉の四人の者は、次第にうわずりゆく弟の上瞼と、ハッハッハッと、幽かに外へのみつく息を見守っていた。母は静かに瞼をなでおろしてやった……
のぶさん※[#感嘆符二つ、1−8−75] 苦しくない様に、寝られるお棺にして上げるわ。
私は、叫んだ。今迄の沈黙はせき[#「せき」に傍点]を切って落とした様に破られて、すすり泣きの声が起った。
その時八つだった私の胸に之程大きく深く刻まれた悲しみはなか
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