ルってお寐《ね》と優しく言って、又|彼方《あちら》向いて了った。
私も亦夜着を被《かぶ》った。狗《いぬ》は門前を去ったのか、啼声が稍《やや》遠くなるに随《つ》れて、父の鼾《いびき》が又|蒼蠅《うるさ》く耳に附く。寝られぬ儘に、私は夜着の中で今聴いた母の説明を反覆《くりかえ》し反覆し味《あじわ》って見た。まず何処かの飼犬が椽の下で児《こ》を生んだとする。小《ちッ》ぽけなむくむくしたのが重なり合って、首を擡《もちゃ》げて、ミイミイと乳房を探している所へ、親犬が余処《よそ》から帰って来て、其側《そのそば》へドサリと横になり、片端《かたはし》から抱え込んでベロベロ舐《なめ》ると、小さいから舌の先で他愛もなくコロコロと転がされる。転がされては大騒ぎして起返り、又ヨチヨチと這《は》い寄って、ポッチリと黒い鼻面でお腹《なか》を探り廻《まわ》り、漸く思う柔かな乳首《ちくび》を探り当て、狼狽《あわて》てチュウと吸付いて、小さな両手で揉《も》み立《た》て揉み立て吸出すと、甘い温《あった》かな乳汁《ちち》が滾々《どくどく》と出て来て、咽喉《のど》へ流れ込み、胸を下《さが》って、何とも言えずお甘《い》しい。と、腋の下からまだ乳首に有附かぬ兄弟が鼻面で割込んで来る。奪《と》られまいとして、産毛《うぶげ》の生えた腕を突張り大騒ぎ行《や》ってみるが、到頭|奪《と》られて了い、又其処らを尋ねて、他《ほか》の乳首に吸付く。其中《そのうち》にお腹も満《くち》くなり、親の肌で身体も温《あたた》まって、溶《とろ》けそうな好《い》い心持になり、不覚《つい》昏々《うとうと》となると、含《くく》んだ乳首が抜けそうになる。夢心地にも狼狽《あわて》て又吸付いて、一しきり吸立てるが、直《じき》に又他愛なく昏々《うとうと》となって、乳首が遂に口を脱ける。脱けても知らずに口を開《あ》いて、小さな舌を出したなりで、一向正体がない……其時忽ち暗黒《くらやみ》から、茸々《もじゃもじゃ》と毛の生えた、節くれ立った大きな腕がヌッと出て、正体なく寝入っている所を無手《むず》と引掴《ひッつか》み、宙に釣《つる》す。驚いて目をポッチリ明き、いたいげな声で悲鳴を揚げながら、四|足《そく》を張って藻掻《もが》く中《うち》に、頭から何かで包まれたようで、真暗になる。窮屈で息気《いき》が塞《つま》りそうだから、出ようとするが、出られない。久《
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