き》親類共の態度《そぶり》が余程《よッほど》妙だった。「何だ、馬鹿|奴《め》! お先真暗で夢中に騒ぐ!」と、こうだ。何処を押せば其様《そん》な音《ね》が出る? ヤレ愛国だの、ソレ国難に殉ずるのという口の下から、如何《どう》して彼様《あん》な毒口《どくぐち》が云えた? あいらの眼で観ても、おれは即ち愛国家ではないか、国難に殉ずるのではないか? ではあるけれど、それはそうなれど、おれはソノ馬鹿だという。
 で、まず、キシニョーフへ出て来て背嚢《はいのう》やら何やらを背負《せおわ》されて、数千の戦友と倶《とも》に出征したが、その中でおれのように志願で行くものは四五人とあるかなし、大抵は皆成ろう事なら家《うち》に寝ていたい連中《れんじゅう》であるけれど、それでも善くしたもので、所謂《いわゆる》決死連の己達《おれたち》と同じように従軍して、山を超《こ》え川を踰《こ》え、いざ戦闘となっても負けずに能《よ》く戦う――いや更《もっ》と手際《てぎわ》が好いかも知れぬてな。尤も許しさえしたら、何も角《か》も抛《ほっ》て置いて※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《さっさ》と帰るかも知れぬが、兎も角も職分だけは能《よ》く尽す。
 颯《さっ》と朝風が吹通ると、山査子《さんざし》がざわ立《だ》って、寝惚《ねぼけ》た鳥が一羽飛出した。もう星も見えぬ。今迄薄暗かった空はほのぼのと白《しら》みかかって、※[#「車+(而+大)」、第3水準1−92−46]《やわらか》い羽毛《はね》を散らしたような雲が一杯に棚引き、灰色の暗霧《もや》は空へ空へと晴て行く。これでおれのソノ……何《なに》と云ったものかしら、生にもあらず、死にもあらず、謂わば死苦《しく》の三日目か。
 三日目……まだ幾日《いくか》苦しむ事であろう? もう永くはあるまい。大層弱ったからな。此|塩梅《あんばい》では死骸の側《そば》を離れたくも、もう離れられんも知れぬ。やがておれも是になって、肩を比《なら》べて臥《ね》ていようが、お互に胸悪くも思はなくなるのであろう。
 兎に角水は十分に飲むべし。一日に三度飲もう、朝と昼と晩とにな。

 日の出だ! 大きく盆のようなのが、黒々と見ゆる山査子《さんざし》の枝に縦横《たてよこ》に断截《たちき》られて血潮のように紅《くれない》に、今日も大方熱い事であろう。それにつけても、隣の――貴様はまア何となる
前へ 次へ
全16ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング