くわかりません――そんなことには全く見當がつかないのです。ただ私、あなたのお考へなさるのと全く違つて考へてゐるといふだけは申されます。それからまた、法律だつて私の思つてたこととはまるで違ふといふぢやありませんか。そんな法律は私、正しいとは信じられません。娘が死にかゝつてゐる父をいたはる權利も夫の命を救ふ權利もないといふのですから信じられませんね。
ヘルマー お前のいふことは子供のやうだ。お前は自分の住んでゐる社會を理解しない。
ノラ えゝ、わかつてゐません。これから一生懸命わからうと思ひます。社會と私と――どちらが正しいか決めなくてはなりませんから。
ヘルマー ノラ! お前は病氣になつたのだ。熱病に罹つたのだ。殆んど本心を失つてゐはしないかと思はれるよ。
ノラ 今までに今夜ほど氣分のはつきりしてゐることはありません。
ヘルマー それほどはつきりした考へで、夫や子供を棄てるといふのかい?
ノラ さうです。
ヘルマー ではもう、説明の途は、たゞ一つしか殘つてゐない。
ノラ それはどういふのですか?
ヘルマー お前はもう俺を愛しない。
ノラ 愛しません、それが大事な點です。
ヘルマー ノラ!
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