点付き片仮名ワ、1−7−82]ルトのためにもなんだけれど(箱の中から色々の物を取り出す)先生、こゝへお掛けなさい、お目にかけるものがありますわ。
ランク (坐りながら)何ですそれは?
ノラ さ、これ!
ランク 絹の靴下。
ノラ 肉色、綺麗でせう? おやどうしよう。暗くなつたこと、けど明日はね――あら、いけませんよ、踵の方ばかし見ていらつしやい、さ、もういゝわ、もう上の方を見てもよくつてよ。
ランク ふむ――(じろ/\眺める)
ノラ どうして、そんなにじつと眺めていらつしやるの? 私に似合はないこと。
ランク さあ何と云つたらいゝか。さうしたことは私にはわかりません。
ノラ (暫く男の方を見てゐて)まあ、いぢわる。(靴下で男の耳の處を輕く打つ)これが罰ですよ(靴下を元のやうに卷いておく)
ランク まだ外に何か珍らしいものがありますか?
ノラ もう、あなたには見せない。禮儀を知らないから。(ちよつと鼻唄を歌ひ、色々な物を探しまはる)
ランク (暫く默つてゐた後)かうして、あなた方と親しくして無駄口でも利いてると私はつくづくさう思ひますね、これが、もしまるでこの家に出入りをしなかつたら、私の身體はどうなつてるでせう?
ノラ (微笑しながら)さう思ふでせう? あなたは私どもへいらつしやると、全く樂しさうに見えますよ。
ランク (眞直に自分の前を見ながら、一層柔かな調子で)ところが、もう、すつかりそれも見納めにしなくちやならない――
ノラ 下らないこと、私どもを見限つていらつしやるには及びますまい。
ランク (前と同じ調子で)そして後には、何一つ禮をいはれるようなこともしておかないし、せめて當座だけでも氣の毒だと思つてくれる人もありません。――たゞもうゐなくなつて空虚が出來たといふだけで、そんなものは代りが來さへすれば直ぐ埋まつてしまふ。
ノラ ぢやあ、もし私がお頼みすることがあつたら――? 止しませう――
ランク どういふお頼みですか?
ノラ あなたのご友情の印に。
ランク ふむ――といふのは?
ノラ よさう/\。本當はね――大變な役目。
ランク 一生の思ひ出に是非それをさせて下さい。私はどんなにか嬉しいでせう。
ノラ だつて、あなた、どんなことだかご存じないぢやありませんか。
ランク ぢや、聞かせて下さい。
ノラ いけませんよ、本當にいへないんですよ。全く大變なことですも
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