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ノラ (ヘルマーの方へ行きながら)ね、あなた、あの男の用は濟んだのですか?
ヘルマー あゝ、あの男は今歸つたよ。
ノラ ご紹介しますよ、クリスチナさん、丁度此方へお出になつて――
ヘルマー クリスチナさん? 失禮だが誰方だつたか――
ノラ リンデンの奧さんですよ、あなた――クリスチナ・リンデンとおつしやつて。
ヘルマー (リンデン夫人の方へ)さうしますと、たしか、妻の學校友達でいらつしやつたのですな。
リンデン はい、子供の時分からご懇意に致してをります。
ノラ でねえ、まあどうでせう、この遠い處をあなたにお話がしたいつて、いらつしやつたのですよ。
ヘルマー 私と話がしたい?
リンデン は、いゝえ、さういふ譯でも――
ノラ え、あなた、クリスチナさんは計算が非常にお上手なんですよ。ですからどうか第一流の事業家に使つてもらつて、もつと修業がしたいといふお考へなのです。
ヘルマー (リンデン夫人の方へ)それは結構ですな。
ノラ それから、あなたが今度支配人になつたといふことをお聞きになつて――それは勿論新聞で知れたでせうから――それで直ぐ思ひ立つてお出でになつたのですよ。ですからね、あなたよくつて、私を助けると思つてどうかして上げて下さらなくちやいけないわ。出來て?
ヘルマー 出來ないこともないが、未亡人でお出でのやうですね。
リンデン はあ。
ヘルマー で、會社などの事務にご經驗がありますか?
リンデン 充分ございます。
ヘルマー はゝあ、それなら何處かへお世話が出來さうですな。
ノラ (手を拍ちながら)そうらご覽なさい! そうらご覽んなさい!
ヘルマー 丁度いゝ時にお出でになつたのですよ、奧さん。
リンデン 本當にお禮の申しやうもございません。
ヘルマー (微笑しながら)どう致しまして(外套を着る)私はちよつと御免蒙りますから――
ランク 待ち給へ、私も一緒に行かう。(廊下から毛皮の外套を取つて火に暖める)
ノラ 直ぐ歸つて來て、よくつて。
ヘルマー ちよつと一時間ばかり。
ノラ あなたもお歸り? クリスチナさん。
リンデン (外出の支度をしながら)えゝ、これから下宿を探さなくちやなりませんから。
ヘルマー ではご一緒に出かけませうか?
ノラ (リンデンの世話をしながら)家に明いた部屋があるといゝんですけれどねえ、みんな使つてゐ
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