にどのくらゐ借金しました。
ノラ さうね、正確にはわかりませんわ。そんなことといふものは、はつきりさせておくことのむづかしいものですからね、私たゞ丹念に集めて來ただけの金を、すつかり拂つて來たことは知つてゐます。時々は實際何處へすがつていゝかわからないこともありました(微笑して)その時には私、いつも此處に坐つて想像して見ますの、誰かお爺さんの金持があつて私を愛してくれて――
リンデン え、誰ですつて――
ノラ なあに誰でもないんですよ――そしてその人が死んぢやつて遺言状を開けてみると大きな字で「予が死する時所有せし一切の財産を直ちに彼の愛らしき人ノラ・ヘルマー夫人に讓渡すべし」と書いてある。
リンデン ですけど、ノラさん、あなた誰のことをいつてるのです?
ノラ おや/\、わからないのですか? 誰もお爺さんがゐるのぢやありません。たゞいつも私がお金の工面に盡きた時、獨りで想像して見る人なのですよ、だけど、もうそんなこともいらなくなりました――あの辛氣《しんき》くさい爺さん、私に用があるなら何處にでも待つてるがいゝや。私、そんな人に用もなければ遺言状にも用はない、私の心配ごとはもうすつかり無くなつたのですから(とび上りながら)ねえ、クリスチナさん、考へると、本當に大したことなのですよ。心配ごとがなくて自由の身になつて。自由です。すつかり自由なんです。これでもう子供と一緒にきやつきやつと騷ぎまはつてゐても差支へなし、トル※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ルトの好きなやうに家の中も綺麗に飾つたり、さうしてる中に春が來て、あの廣い青い空が見えて來ます。その頃にはちよつとした休みも取れるでせうし、も一度海も見られるでせう。ねえ、生きてゐられて幸福だといふことは何といふ素晴らしいことでせう。
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(廊下口のベルが鳴る)
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リンデン (立ち上りながら)ベルが鳴ります。私はお暇した方がいゝでせう。
ノラ いゝえ、まあいゝんですよ、來たのはきつとトル※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ルトの客ですから。
エレン (入口の所で)奧さま、お客樣が見えまして旦那さまにお目にかゝりたいとおつしやいます。
ノラ 誰方? 支配人さんはとおつしやつたらう。
エレン はい、支配人さまと――でもあちらにはラン
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