本當に仕甲斐のある仕事が見つかるだらうと思ひましてね。何でもいゝから私の氣を外へ散らさせない仕事がしたいと思ひますのよ。何かきまつた勤め口でもあればいゝんですがねえ――會社へでも出るやうな――
ノラ だけどクリスチナさん、そんなことは氣の詰るものでせうよ。あなたは大變疲れていらつしやるやうだから、それよりか温泉にでも行つて保養した方がよかありません?
リンデン (窓の方へ行きながら)私にはお金を出してくれる父もゐませんし。
ノラ あら、お氣に障つたらご免なさいね。
リンデン (ノラの方へ行きながら)ノラさん、ねえ、私こそお氣に障つたらご免なさいよ。私のやうな不幸な身になりますとね、氣難かしくばかりなつてね、誰を當ともなく、それでゐていつも油斷してはゐられないし、第一生きて行かなくちやなりませんから、どうしても手前勝手になります。さつきもあなた方がお仕合せな身分にお成りだと聞いた時は――お恥かしいことですが――私、あなた方よりも自分のために、まあよかつたと思つたのですよ。
ノラ といひますと? あゝわかりました。主人があなたのために盡力してくれるだらうと仰有るのでせう?
リンデン えゝ、さう思つたのですよ。
ノラ 盡力させますとも。そのことはすつかり私にお任せなさい。私が何かあの人の氣の向くやうに旨《うま》いことを考へて、見事にやらせて見せます。本當にまあ私、何かあなたのおためになるやうなことがしたいわ。
リンデン 美しいご親切ですわねえ。美しいといへば、あなたのご氣性は本當に美しい、浮世の荒い波風に揉まれていらつしやらないから。
ノラ 私が? 揉まれてゐないんですつて――?
リンデン (微笑しながら)さうですね、少しばかりの内職くらゐのものでせう。全くのねんねえでいらつしやるのですよ。
ノラ (頭を立てゝ室内を歩く)おや/\、そんなにねんねえ扱ひにするもんぢやありませんわ。
リンデン ぢやあないんですか?
ノラ あなたも外の人と同じことねえ、みんな寄つてたかつて、私をまるで眞面目なことの出來ない人間にしてしまつてよ。
リンデン それはね――
ノラ 私、この窮屈な世間の苦勞をまるで知らないと思つてらつしやるのね。
リンデン だつてノラさん、あなたは今、これまでの苦勞をみんなお話なすつたぢやありませんか。
ノラ ほゝ――あんな詰らないこと! (柔かに)私まだ大事件をお話
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