※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ルトがいつてますのよ(指で突く眞似をしながら)けれどもね、この「ノラさん」は皆が考へてる程馬鹿ぢやあないんですよ。本當は私まだそれほど無駄使ひ家になれる身の上ぢやないんです。夫婦共稼ぎでしたもの。
リンデン あなたがですか?
ノラ えゝ、ちよつとした手細工仕事をよ、編物だの刺繍《ぬひとり》だの、まあそんなことをね(意味ありげに)それから、もつと外のこともしましたの、無論ご存じでせうがトル※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ルトは結婚するとすぐ役所の方を引きました。というのは、あんまり出世の見込もなかつたし、お金は段々いつて來ますしね。それやこれやで結婚した當座一年といふもの、あの人が無理な仕事をしたんです。何でも構はないからといふので朝早くから晩くまで色んなことをしてたうとう病氣になつて倒れちまつたのです。それでお醫者は是非南ヨーロッパの方へ轉地しろといふんでせう。
リンデン えゝ/\、たしかイタリアに一年行つてらつしやつた?
ノラ 行つてましたの。ですけれど、それまでの算段が容易ぢやなかつたんですよ。丁度イ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ールが生れたばかりでしてね、それかといつて止す譯にはいかないから、まあやりくりをして出かけたんですが、旅行はいゝ旅行でしたわ。トル※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ルトの命もそのお蔭でとりとめますし、たゞクリスチナさん、かゝりが大變でしてねえ。
リンデン さうでせうとも。
ノラ 千二百ターレル、隨分かゝつたでせう?
リンデン そんなお金があつたのですから、結構ですわ。
ノラ それは私の父の手元から出たのです。
リンデン なるほどね、あなたのお父さんは、丁度あの時お亡くなりでしたね。
ノラ えゝ、さうですよ、それでどうでせう。私行つて看護することもできなかつたんですよ、イ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ールの生れるのを今日か/\と待つてた時でしてね、そしてそれがすむと今度は主人があの病氣で私はその方へつきつきりでせう? 私をあんなに可愛がつてくれた父ですけれど、可愛さうにそれつ切り會へないで死んぢまひました。結婚してから一番辛かつたのは、あの時ですわ。
リンデン あなたは大變お父さん思ひでしたわね。で、それからイタリヤへいらつしやつたの?
ノラ えゝ、お金はできますし、お醫者は
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