はしないものですよ。
クログスタット ぢやあとにかく私は手紙を返して貰はう。
リンデン お待ちなさい。
クログスタット いや、さうするのがあたり前だ。ヘルマー君のくるまで待つてゐよう。そして返して貰ふやうに頼まう――それから用事はたゞ私の免職に關することだといつて――讀んで貰ふ必要のないことだといつておかう――
リンデン いけませんよ、あの手紙は取り戻さない方がいゝのです。
クログスタット けれどもあなたが私をここへ伴れてきたのは、そのためぢやなかつたか?
リンデン えゝ、始めはびつくりしたものですから。けれどもね、その後私は、この家に色々變なことがあるのを感づきましたよ。どうしてもヘルマーさんに何もかも知らせておかなくちやいけません。あの二人は、すつかり打明けて理解し合はなくちや駄目ですよ。こんな小細工や隱しごとばかりしてゐた日には、二人ともきつと今にやり切れなくなります。
クログスタット では、それもよからう。危險を冐してやつてみようと思ふのならね。たゞ私のすぐにやれることが一つあるが――
リンデン (聞耳をたてながら)早く、早くいらつしやいよ。踊がすみました、もうちよつとたつとかうしちやゐられません。
クログスタット ぢや、通りで待つてゐよう。
リンデン えゝ、どうぞ家へ連れて行つて下さいな。
クログスタット あゝ、今夜ほど、幸福なことは一生涯なかつたよ。
[#ここから3字下げ]
(クログスタット外の扉から出てゆく。廊下と室の間の扉は開け放したまま)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
リンデン (器具を直して、自分の外出支度を一つ處へよせながら)すつかり變つた。すつかり變つた。頼りにして働く人も出來るし、幸福な家庭も作られる。私これから一生懸命で働かなくつちやならない。早く歸つてきてくればいいのに(聞耳を立てる)あゝ、歸つてきた! さあ、支度をしなくちや。
[#ここから3字下げ]
(リンデン夫人は帽子と外套をとる。ヘルマーとノラの聲が外側で聞える。鍵を錠前に差込んで廻す。そしてヘルマーがノラを殆んど引ずるやうにして廊下に入つてくる。ノラはイタリア衣裳を着て黒い大きなショールを上に羽織つてゐる。ヘルマーは燕尾服で黒いドミノの上衣をかけてゐる)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
ノラ (入
前へ
次へ
全74ページ中56ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島村 抱月 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング