を軽蔑するように顔を顰めた。その様子を鶴子は見逃さなかった。
「あはははは、三味線を引くと引かないだけの区別じゃないの。まだわたしの方がどんなに正々堂々としていて立派だか分りゃしない、あはははは」
「天下御免の御娼売ですとさ」
お幸は時子に加勢して、彼女の怜悧はこうした小争闘に深入りせずに、そのまま店の方へ去った。時子も侮蔑するように鶴子を流し目に見て後につづいた。
「あはははは、碌な芸もないくせに、わたしよりは一かどえらいつもりでいるから、いじらしいじゃないの。あはははは、御自分の癈《すた》りかけているのも御存じなしにさ」
誰も答えるものはなかった。小妻も茂子も冬子も別々な想いに深い暗鬱に沈潜して笑うことすら出来得なかった。(魂なきものは幸いなるかな。彼女等は絶えず笑い得るから、希《ねが》わくば笑うことを知らざる淋しき人達に恵あれ!)鶴子が茶の間へ帰りかけると、お幸と時子は化粧道具を下げて風呂へ行こうと土間に下りかけていた。
「腐った身体でも洗って来るがいい」
「鶴子さん、何ですって、もう一度言ってごらん」
「玉のみからだを磨いていらっしゃいな」
「余計なお世話じゃないの。どこかの人のような男泣かせの凄い芸当は出来ませんからね」
「それはそれはお気の毒さま。まだこう見えてもなか/\達者なものですからね」
「鶴子ちゃんあんまりよ」
お幸はたしなめるように言葉をかけた。しかし一度行先を乱れた鶴子の感情はそうしたことで拒止され得なかった。ぶく/\肥えた全身にこじれた憤怒がしみわたっていた。
「あんまりだからどうしたのさ。口があるから喋るじゃないかね。わたしはあなたのように踊りは踊れませんよ。踊りを踊ってから何を踊るの? えらそうな口をお利きじゃないよ」
「何んとでも言うがいいさ。すべた[#「すべた」に傍点]のくせに」
「どうせすべた[#「すべた」に傍点]さね」
「すべた[#「すべた」に傍点]ならもっとおとなしくしておいで」
「すべた[#「すべた」に傍点]とはお前さん達のことじゃないかよ。うぬぼれだけは一人前にもっていることね」
お幸も時子も、全身を投げ出してかかった、異様な苦悶を基調に潜ませた鶴子の雄弁には敵わなかった。二人は不快そうに外へ出て行った。鶴子はその後を見送っていたが、そのまま店の間へ帰ってどったり仰向けに寝転がって、狂人のような空虚な哄笑を続けていた。泣こうにも涙が乾きはてて出て来ないような笑いを。小妻と茂子は冬子に何か話しかけようとしたが、冬子が厳かに取り澄ましていたので、黙って店へ帰って来た。小妻は身体中が物倦く節々がやめて起きていられなかった。床をしいて横になり、暗い何かを疑うような絶望的な眼を光らせていた。茂子は鏡台に向って髪をほぐしていたが、やがて風呂へ出かけてしまった。店には鶴子と小妻が残された。
「小妻さん」呼ばれて小妻はほおっと溜息をついて急には返事をしなかった。
「身体の工合はどうですえ?」
「あまりよくなくて弱っています」
「痛いの?」
「どことなく身体中がやめて、下腹が時々引きつけて来ますのよ」
(鶴子にはそうした病状は身に体験して来た。彼女は生来が強かったので、そうした内部に籠る状態が長続かないで一斉に外部へ吹き上るので、根本的に治すことも容易だった。)鶴子は小妻はもう長いことはあるまいと考えた。
「みんな何処へいったかね」
奥座敷で楼主と御飯をすました女将《おかみ》が店へ顔を出した。若い頃はさぞ立派で美しかったのであろう、鉛毒で青みを帯びた、眉を剃った四十六、七の女将は、妓供達でさえの気を外《そ》らすまいとした。
「みんな風呂へいったのでしょう」
「菊龍と富江はまだ帰らないのかえ」
「まだでしょう」
「そう。お前さん達もお湯へつかっておいでな。ゆっくり暖まってさえおけば身体がつづくものだからね――小妻さん、お前身体の工合はどうかね」
「え、ありがとう」
「あんまりよくないようなら飯田さんへかかさず通ってすっきりさせないといけないよ、え」
「え、ありがとう」
冬子がそこへはいって来た。
「お、冬子さん、お前さんまだお湯へ行かないのかね」
「ええ」
「そして、あの何はどうしているの」お光のことを言うらしかった。
「大河の小母さんは離室に休んでいらっしゃいます」
「御飯は」
「朝飯はすましていらしたのでしょう」
「それはそうだろうね、ここの朝は街の午《ひる》だものね、おほほほほ」
女将は茶の間の横座に坐って、昨夜の客の台帳などを一通り調べはじめた。そして思い出したように「米子、市子」と呼んだ。二人の少女は白粉のはげかかった顎をなでながら「何ですか」と出て来た。
「もう踊りのお師匠さんのところへいっておいで」
「はい」
「そして、お師匠さんに夕方お閑になったらお遊びにおいでと言うのです
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