間梯子《にけんばしご》を二人で荷《にな》い出し、柿の木へ掛けたのを民子に抑えさせ、僕が登って柿を六個《むっつ》許りとる。民子に半分やれば民子は一つで沢山というから、僕はその五つを持ってそのまま裏から抜けて帰ってしまった。さすがにこの時は戸村の家でも家中で僕を悪く言ったそうだけれど、民子一人はただにこにこ笑って居て、決して政夫さん悪いとは言わなかったそうだ。これ位隔てなくした間柄だに、恋ということ覚えてからは、市川の町を通るすら恥《はず》かしくなったのである。
 この年の暑中休みには家に帰らなかった。暮にも帰るまいと思ったけれど、年の暮だから一日でも二日でも帰れというて母から手紙がきた故、大三十日《おおみそか》の夜帰ってきた。お増も今年きりで下《さが》ったとの話でいよいよ話相手もないから、また元日一日で二日の日に出掛けようとすると、母がお前にも言うて置くが民子は嫁に往《い》った、去年の霜月やはり市川の内で、大変裕福な家だそうだ、と簡単にいうのであった。僕ははアそうですかと無造作に答えて出てしまった。
 民子は嫁に往った。この一語を聞いた時の僕の心持は自分ながら不思議と思うほどの平気であっ
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