して、下ばかり向いている。眼にもつ涙をお増に見られまいとして、体を脇へそらしている、民子があわれな姿を見ては僕も涙が抑え切れなかった。民子は今日を別れと思ってか、髪はさっぱりとした銀杏返《いちょうがえ》しに薄く化粧をしている。煤色《すすいろ》と紺の細かい弁慶縞《べんけいじま》で、羽織も長着も同じい米沢紬《よねざわつむぎ》に、品のよい友禅縮緬《ゆうぜんちりめん》の帯をしめていた。襷を掛けた民子もよかったけれど今日の民子はまた一層引立って見えた。
 僕の気のせいででもあるか、民子は十三日の夜からは一日《ひとひ》一日とやつれてきて、この日のいたいたしさ、僕は泣かずには居られなかった。虫が知らせるとでもいうのか、これが生涯の別れになろうとは、僕は勿論民子とて、よもやそうは思わなかったろうけれど、この時のつらさ悲しさは、とても他人に話しても信じてくれるものはないと思う位であった。
 尤《もっと》も民子の思いは僕より深かったに相違ない。僕は中学校を卒業するまでにも、四五年間のある体であるのに、民子は十七で今年の内にも縁談の話があって両親からそう言われれば、無造作に拒むことの出来ない身であるから、行
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