もすこぶる心苦しい処がある。実際二人はそれほどに堕落した訣でないから、頭からそうときめられては、聊《いささ》か妙な心持がする。さりとて弁解の出来ることでもなし、また強いことを言える資格も実は無いのである。これが一ヶ月前であったらば、それはお母さん御無理だ、学校へ行くのは望みであるけど、科《とが》を着せられての仕置に学校へゆけとはあんまりでしょう……などと直ぐだだを言うのであるが、今夜はそんな我儘《わがまま》を言えるほど無邪気ではない。全くの処、恋に陥ってしまっている。
 あれほど可愛がられた一人の母に隠立てをする、何となく隔てを作って心のありたけを言い得ぬまでになっている。おのずから人前を憚《はばか》り、人前では殊更に二人がうとうとしく取りなす様になっている。かくまで私心《わたくしごころ》が長じてきてどうして立派な口がきけよう。僕はただ一言《いちごん》、
「はア……」
 と答えたきりなんにも言わず、母の言いつけに盲従する外はなかった。
「僕は学校へ往ってしまえばそれでよいけど、民さんは跡でどうなるだろうか」
 不図《ふと》そう思って、そっと民子の方を見ると、お増が枝豆をあさってる後に、
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