ちょいとこれで結わえて下さいな」
 親指の中ほどで疵《きず》は少しだが、血が意外に出た。僕は早速紙を裂いて結わえてやる。民子が両手を赤くしているのを見た時非常にかわいそうであった。こんな山の中で休むより、畑へ往《い》ってから休もうというので、今度は民子を先に僕が後になって急ぐ。八時少し過ぎと思う時分に大長柵の畑へ着いた。
 十年許り前に親父《おやじ》が未だ達者な時分、隣村の親戚から頼まれて余儀なく買ったのだそうで、畑が八反と山林が二町ほどここにあるのである。この辺一体に高台は皆山林でその間の柵が畑になって居る。越石《こしこく》を持っていると云えば、世間体はよいけど、手間ばかり掛って割に合わないといつも母が言ってる畑だ。
 三方林で囲まれ、南が開いて余所《よそ》の畑とつづいている。北が高く南が低い傾斜《こうばい》になっている。母の推察通り、棉は末にはなっているが、風が吹いたら溢れるかと思うほど棉はえんでいる。点々として畑中白くなっているその棉に朝日がさしていると目《ま》ぶしい様に綺麗だ。
「まアよくえんでること。今日採りにきてよい事しました」
 民子は女だけに、棉の綺麗にえんでるのを見て
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