《みなみすみ》に、二畳の小座敷がある。僕が居ない時は機織場《はたおりば》で、僕が居る内は僕の読書室にしていた。手摺窓《てすりまど》の障子を明けて頭を出すと、椎の枝が青空を遮《さえぎ》って北を掩《おお》うている。
 母が永らくぶらぶらして居たから、市川の親類で僕には縁の従妹《いとこ》になって居る、民子という女の児が仕事の手伝やら母の看護やらに来て居った。僕が今忘れることが出来ないというのは、その民子と僕との関係である。その関係と云っても、僕は民子と下劣な関係をしたのではない。
 僕は小学校を卒業したばかりで十五歳、月を数えると十三歳何ヶ月という頃、民子は十七だけれどそれも生れが晩《おそ》いから、十五と少しにしかならない。痩《や》せぎすであったけれども顔は丸い方で、透き徹るほど白い皮膚に紅味《あかみ》をおんだ、誠に光沢《つや》の好い児であった。いつでも活々《いきいき》として元気がよく、その癖気は弱くて憎気の少しもない児であった。
 勿論僕とは大の仲好しで、座敷を掃くと云っては僕の所をのぞく、障子をはたくと云っては僕の座敷へ這入《はい》ってくる、私も本が読みたいの手習がしたいのと云う、たまに
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