※」は「奚+隹」、第3水準1−93−66、82−1]が鳴く、という子供の声が耳に入って眼を覚した。起《た》って窓外を見れば、濁水を一ぱいに湛えた、わが家の周囲の一廓に、ほのぼのと夜は明けておった。忘れられて取残された※[#「※」は「奚+隹」、第3水準1−93−66、82−3]は、主なき水漬屋《みづきや》に、常に変らぬのどかな声を長く引いて時を告ぐるのであった。

       三

 一時の急を免れた避難は、人も家畜も一夜の宿りがようやくの事であった。自分は知人|某氏《なにがしし》を両国に訪《と》うて第二の避難を謀《はか》った。侠気と同情に富める某氏《なにがしし》は全力を尽して奔走してくれた。家族はことごとく自分の二階へ引取ってくれ、牛は回向院《えこういん》の庭に置くことを諾された。天候|情《じょう》なくこの日また雨となった。舟で高架鉄道の土堤へ漕ぎつけ、高架線の橋上を両国に出ようというのである。われに等しき避難者は、男女老幼、雨具も無きが多く、陸続として、約二十町の間を引ききりなしに渡り行くのである。十八を頭《かしら》に赤子の守子《もりこ》を合して九人の子供を引連れた一族もその内の一
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