離れ小島との話で、なんだかひじょうに遠いところででもあるように思われる。いまからでかけてきょうじゅうに帰ってこられるかしらなどと考える。外のようすは霧がおりてぼんやりとしてきた。娘はふたたびあがってきて、舟子《かこ》が待っておりますでございますと例のとおりていねいに両手をついていう。
「どうでしょう、雨になりはしますまいか、遠くへのりだしてから降られちゃ、たいへんですからな」
といえば、
「ハイ……雨になるようなことはなかろうと申しておりますが」
という。予は一種の力に引きおこされるような思いに二階をおりる。
 宿をでる。五、六歩で左へおりる。でこぼこした石をつたって二|丈《じょう》ばかりつき立っている、暗黒な大石の下をくぐるとすぐ舟があった。舟子は、縞《しま》もめんのカルサンをはいて、大黒《だいこく》ずきんをかぶったかわいい老爺《ろうや》である。
 ちょっとずきんをはずし、にこにこ笑って予におじぎをした。四方の山々にとっぷりと霧がかかって、うさぎの毛のさきを動かすほどな風もない。重みのあるような、ねばりのあるような黒ずんだ水面に舟足《ふなあし》をえがいて、舟は広みへでた。キィーキィー
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