しかし思はぬ木の間に月が出たときは
この村村の天然の釣ランプを
しづかに眺めるにとどめよう
田舍の月はひつそりとして
淋しい人は月の祭を好ましく思ひ
古い昔の世界に遊び
幽情をつくして端坐してゐよう
わたしはそこここと歩きながら
頭に幻をもてる人人にのみ
この清らかな光線の帽子をあづけよう。
鮮かなる月の夕
わたしは外へ出る
昔の人たちがしたやうに
秋の夕の匂やかな靜まりにたへかねて
水に沈める花洋燈のやうな
ほのあかるい戸外から
木木のほとりにつづく田舍路へ、きよらかな竹原へ
幽かな月の色をゆるゆると愛して
透明な精神のシグナルのやうに
水の娘たちをほのかに思ひ
寂びつくした地球上の家家をはなれて
ほんのりした空中へ
氣病みに影つた私自身を靜かに吹かせようと。
斷想
僕は感じまい、別れてしまつたといふ事を
いつ逢はれるかしれもしないし
だんだん變つてゆくあらゆる美と精神を
もう斷じて感じまい、思ふまい
匂やかな風のまま何の木とも知れないなかに
ひとり身をひそめて非情な水つぽいものとなり
いつもかはらぬ色やかな村村の春を感じて
決して街のありさまも
あのうす青い思ひのついてゐる神祕な生のいろを
感じまい、思ふまい。
二つの繪
青藍色の朝となつたではないか
もう私はこの清洒な庭の菖蒲の中から
昆蟲のやうにぬけ出て行かうよ
艶やかだつた夜の繪は
ほんのりおまへの額に消えかかり
うすい涙のいろをもつた陰影が
ものうい晝の月影を映してゐるではないか
別れよう、別れよう
私はこれから又片田舍へ行つて
もう一つの冷たい戀人のやうな
あの寂寞や幽情を訪れようから。
さやかなる日影
遠くはなれて起き伏しする日は
ちかく在る日にましてさやかなる情趣をかんじ
ほんのりもゆる柚の花の木陰など歩みては
美しかりし夜を思ひ、香氣ある風に濕り
晝の月影の空氣に吹かれちるを眺めつ
ほの青き金色とうす闇にもゆる葉かげの
午後のさびしき椅子を引きよせて
うつとりとした情愛をかすかに清め
六月の庭の影をひとりたのしみながら
何にもまして夏の風をいつぱいにつけて
海からでも來たやうな色どりを引き
夕暮いろの感情にぬれて來る人を
ただあてもなく待つてゐる。
情怨
たとへば青紫いろの朝霧が
水にうつり、思想に照り
このぐるり[#「ぐるり」に傍点]の景觀をうつすりと
前へ
次へ
全18ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 惣之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング