いうものはない。堅板《たていた》、横板、平板、支柱《しちゅう》、帆類《ほるい》すべての材料は、サクラ号からとっておいたものだけで十分であった。船の修繕には約三十日をついやしたが、そのあいだにドノバンは、しだいに健康を回復《かいふく》して、つえにすがりながら一同の工事を見まわるようになった。
 クリスマスもすぎ、正月もすぎた。一同は出発の準備にいそがしい。第一に金貨をつみいれ、つぎに十七人の一ヵ月分の食料、つぎに武器、弾薬、被服《ひふく》、書籍、炊事《すいじ》器具と食器、望遠鏡と風雨計、ゴム類、つり道具、それだけで船はいっぱいであった。ドノバンはまったく快癒《かいゆ》した。
 二月九日にいっさいの準備をおわり、二月十一日、大日本帝国の紀元節《きげんせつ》の日に出発することとなった。その朝は、一天ぬぐうがごとく晴れわたり、さわやかな風はしずかな波にたわむれて、船出を祝うがごとくに見えた。富士男は厩舎《うまや》の戸を開いて諸動物に別れをつげた。
「ゆけ、おまえたちはおまえたちの巣《す》に帰って自由に幸福であれ。ぼくらもまたいまぼくらの故郷《こきょう》へ帰るのだ」
 さっとひらく戸とともに、たくさんの鳥はいっせいに美しいつばさを朝日にかがやかして、まっしぐらに天《そら》高く飛んだかと思うと、やがてまた一同の頭の上ちかく三回ほどまわって、やがてふたたびかなたの森をさして飛び去った。ラマとだちょうはしばらくもじもじしていたが、自分が開放されたと気づくやいなや、うしろも見ずに長い脛《あし》をひるがえして走り去った。
 ドノバンは艫《とも》のイバンスのかたわらにすわった。富士男はモコウとへさきのほうにすわって帆を監視《かんし》した。船が動くとともに一同は左門洞にむかって三拝した。
「さようなら左門先生! あなたののこした足跡《そくせき》によって、少年連盟は、二年の露命《ろめい》をつなぐことができました」
 富士男は感慨深《かんがいぶか》い顔をして、また、一同にむかっていった。
「諸君! もしこの世に、先輩《せんぱい》というものがあって後進の路をひらいてくれなかったら、人生はいかに暗黒なものとなるであろう。それと同時に、ぼくらもやがて先輩となるときがくる。ぼくらはあとにくるもののために、もっとも正しき人となり、もっともよき人となるべく努力《どりょく》しなければならん。左門先生の遺徳《
前へ 次へ
全127ページ中124ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 紅緑 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング