った、そうしてポケットから青大将《あおだいしょう》をだした。
「そもそもこれは漢《かん》の沛公《はいこう》が函谷関《かんこくかん》を越ゆるときに二つに斬《き》った白蛇の子孫でござい」
 調子面白くはやしたてたので人々は少しずつ遠くから見ていた。少年等はまた始まったといわぬばかりに眉をしかめていた。
「おいしゃもじ!」とかれは背後を向いて飯を食ってる一人の少年をよんだ、しゃもじはおわりの一口をぐっとのみこんで走ってきた、かれはやせて敏捷《びんしょう》そうな少年だが、頭は扇《おうぎ》のように開いてほおが細いので友達はしゃもじというあだ名をつけた。かれは身体《からだ》も気も弱いので、いつでも強そうな人の子分になって手先に使われている。
「おい口上をいえ」と巌がいった。
「なんの?」
「へびに芸をさせるんだ」
「よしきた……そもそもこれは漢の沛公《はいこう》が二つに斬《き》った白蛇の子孫でござい」
 調子おもしろくはやしたてたので人々は少しずつ集まりかけた。
「さあさあ、ごろうじろ、ごろうじろ」
 しゃもじの調子にのって巌はへびをひたいに巻きつけほおをはわし首に巻き、右のそで口から左のそで口から中央のふところから自由自在になわのごとくあやなした。
「うまいぞうまいぞ」と喝采《かっさい》するものがある。最後にかれはへびを一まとめにして口の中へ入れた。人々は驚いてさかんに喝采した。
「おいどうだ」
 かれはへびを口からはきだしてからみんなにいった。
「うまいうまい」
「みんな見たか」
「うまいぞ」
「見たものは弁当をだせ」
 人々はだまって顔を見合った、そうして後列の方からそろそろと逃げかけた。
「おい、こらッ」
 いまにぎり飯を食いながら逃げようとする一人の少年の口元めがけてへびを投げた。少年はにぎり飯を落とした。
「つぎはだれだ」
 かれは器械体操のたなの下にうずくまってる少年の弁当をのぞいた、弁当の中には玉子焼きとさけとあった。
「うまそうだな」
 かれは手を伸《の》ばしてそれを食った。そして半分をしゃもじにやった。
「つぎは?」
 もうだれもいなかった、投げられたへびはぐんにゃりと弱っていた。かれはそれを拾うと裏の林の方へ急いだ。そこには多くの生徒が群れていた、かれらの大部分は水田に糸をたれてかえるをつっていた。その他の者は木陰《こかげ》木陰《こかげ》に腰をおろして雑誌を読んだり、宿題を解いたりしていた。巌はずらりとかれらを見まわした、これというやつがあったら喧嘩《けんか》をしてやろう。
 だがあいにく弱そうなやつばかりで相手とするにたらぬ、そこでかれは木の下に立って一同を見おろしていた、かれの胸はいつも元気がみちみちている、かれは毎朝眼がさめるとうれしさを感ずる、学校へいって多くの学生をなぐったりけとばしたり、自由に使役したりするのがさらにうれしい。かれはいろいろな冒険談を読んだり、英雄の歴史を読んだりした、そうしてロビンソンやクライブやナポレオンや秀吉《ひでよし》は自分ににていると思った。
「クライブは不良少年で親ももてあました、それでインドへ追いやられて会社の腰弁《こしべん》になってるうちに自分の手腕をふるってついにインドを英国のものにしてしまった、おれもどこかへ追いだされたら、一つの国を占領して日本の領土を拡張しよう」
 こういう考えは毎日のようにおこった、かれは実際|喧嘩《けんか》に強いところをもって見ると、クライブになりうる資格があると自信している。
「おれは英雄だ」
 かれはナポレオンになろうと思ったときには胸のところに座蒲団《ざぶとん》を入れて反身《そりみ》になって歩いた。秀吉になろうと思った時にはおそろしく目をむきだしてさるのごとくに歯を出して歩く。かれの子分のしゃもじは国定忠治《くにさだちゅうじ》や清水《しみず》の次郎長《じろちょう》がすきであった、かれはまき舌でものをいうのがじょうずで、博徒《ばくと》の挨拶《あいさつ》を暗記していた。
「おれはおまえのような下卑《げび》たやつはきらいだ」と巌がしゃもじにいった。
「何が下卑てる?」
「国定忠治だの次郎長だの、博徒じゃないか、尻をまくって外を歩くような下卑たやつはおれの仲間にゃされない」
「じゃどうすればいいんだ」
「おれは秀吉《ひでよし》だからお前は加藤か小西になれよ」
 かれはとうとうしゃもじを加藤清正《かとうきよまさ》にしてしまった。だがこの清正はいたって弱虫でいつも同級生になぐられている。大抵《たいてい》の喧嘩《けんか》は加藤しゃもじの守《かみ》から発生する、しゃもじがなぐられて巌に報告すると巌は復讐《ふくしゅう》してくれるのである。
 いずれの中学校でも一番生意気で横暴なのは三年生である、四年五年は分別が定まり、自重心も生ずるとともに年少者をあわれむ心
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