るでしょう?」
「さあ」
ふたりは思い思いの憂欝《ゆううつ》をいだいて家へ帰った、母は戸口に立ちどまって深い溜《た》め息《いき》をついた、かの女《じょ》は伯母《おば》のお仙《せん》をおそれているのである、伯父は親切だが伯母はなにかにつけて邪慳《じゃけん》である、たよるべき親類もない母子《おやこ》は、毎日伯母の顔色をうかがわねばならぬのであった。
ふたりはようやく家へはいった、そうして伯母を起こして仔細《しさい》を語った。
「へん」と伯母は冷ややかにわらった。「なんてえばかな人だろう、この子がかわいいからって助役さんをなぐるなんて……明日《あす》から商売をどうするつもりだろう、どうしてご飯を食べてゆくつもりなの?」
お仙は眠い目もすっかりさめて口ぎたなく良人《おっと》をののしった。
「商売はぼくがやります、伯母さん、そんなに伯父さんを悪くいわないでください」
チビ公は決然とこういった。
「やれるならやってみるがいいや、おら知らないよ」
お仙はふたたび寝床へもぐりこんだ、チビ公と母のお美代《みよ》は床へはいったがなかなか眠れない。
「なによりもね、さしいれ物をしなくちゃね」とお美代がいった。
「さしいれ物ってなあに?」
「警察へね、毛布だのお弁当だのを持っていくんだよ、警察だけですめばいいけれどもね」
「お母《かあ》さんが弁当をこさえてくれればぼくが持っていくよ」
「それがね、お金を弁当屋にはらって、さしいれしてもらうのでなきゃいけないんだよ」
「いくら?」
「一|遍《ぺん》の弁当は一番安いので二十五銭だろうね」
「三度なら七十五銭ですね」
「ああ」
「七十五銭!」
七十五銭はチビ公ひとりが一日歩いてもうける分である、それをことごとく弁当代にしてしまえば三人がどうして食べてゆけよう。チビ公は当惑《とうわく》した。
「豆をひくにしても煮《に》るにしても、おまえの腕ではとてもできないし、私《わたし》の考えでは当分休むよりほかにしかたがないが、そうすると」
お美代はしみじみといった。
「休みません、伯父さんのできることならぼくがやってみせます、ぼくのために助役をなぐった伯父さんに対してもぼくはるす中りっぱにやってみせます」
「でもさしいれ物はね」
「お母さん、ぼくの考えではね、お母さんもぼくと一緒《いっしょ》に豆腐《とうふ》を作って、それから伯父さんの回り場所を
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