と思っている。だがみなのすすめをこばむことはできなかった。かれは演壇にのぼったとき胸が波のごとくおどった。そうして自分ながら顔がまっかになったことを感じた。だがそれを制することもできなかった。かれは躊躇《ちゅうちょ》した。それはさながら群がるとらの前にでた羊《ひつじ》のごとく弱々しい態度であった。
 千三はじっと目をすえて光一をにらんでいた。
「畜生! あいつなにをいやがるだろう、へんなことをいったらめちゃめちゃに攻撃していつかの復讐《ふくしゅう》をし、満座の前で恥《はじ》をかかしてやろう」
 おそらく当夜の会場で千三ほど深い注意をもって光一の演説を聴いていたものはなかったろう。
 一方において手塚はほっと息をついた。救いの船がきたのである。師範の野淵をやっつけてくれるだろう。
「ぼくは演説がへたですからよくしゃべれません」
 いかにもおずおずした調子でしかも低い活気のない声で光一はいった。
「へたなやつだなあ」と千三は肚《はら》の中でいった。
「ふだんにいくらいばっても晴れの場所では物がいえないだろう、へそに力がないからだ」
 会衆もまた光一が案外へたなのに失望した。
「しかしぼくは野淵君の説に賛成することはできません、野淵君は英雄と花とを比較《ひかく》して美文を並べたがそれはカアライルの焼きなおしにすぎません、いかにも英雄は必要です、だが野淵君のいうような英雄は全然不必要です、いかんとなれば昔の英雄は国利民福を主とせずして自己の利害のみを主としたからです、豊臣《とよとみ》が諸侯を征した。家康《いえやす》が旧恩ある太閤《たいこう》の遺孤《いこ》を滅ぼして政権を私した、そうして皇室の大権をぬすむこと三百余年、清盛《きよもり》にしろ頼朝《よりとも》にしろ、ことごとくそうである、かれらは正義によらざる英雄である、不正の英雄は抜山倒海《ばつざんとうかい》の勇あるももって尊敬することはできません、武王《ぶおう》は紂王《ちゅうおう》を討った、それは紂王《ちゅうおう》が不正だからである、ナポレオンは欧州を略《りゃく》した、それは国民の希望であったからである、木曽義仲《きそよしなか》を討ったとき義経《よしつね》は都に入るやいなや第一番に皇居を守護した、かれは正義の英雄である、楠正成《くすのきまさしげ》の忠はいうまでもない。藤原鎌足《ふじわらのかまたり》の忠もまたいうまでもない。そ
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