国家の意志であります、ここにおいて昔のように英雄なる一人の暴虐者《ぼうぎゃくしゃ》の下に膝を屈するということは断じてやめなければなりません。諸君はナポレオンを英雄なりという、しかしナポレオンのためにフランスはどれだけ英国やロシアやドイツの圧迫を受けたか、一英雄のために国は疲れついにめめしくも城下のちかいをなして彼の英雄をセントヘレナへ流したではないか、おそるべきは英雄である、忌《い》むべきは英雄である、現代の日本は英雄崇拝の妄念《もうねん》を去って平等と自由に向かって進まねばならぬ、すべての偶像《ぐうぞう》を焼いて世界の趨勢にしたがわねばならぬ、私の論はこれをもっておわりとします」
会衆は恍惚《こうこつ》としてかれの声をきいていた、それはきわめて大胆で奇抜で、そうして斬新《ざんしん》な論旨である、偶像|破壊《はかい》! 平等と自由! デモクラシーの意義!
わるるばかりの拍手に送られて手塚は壇をおりた。かれの左右から校友がかわりがわりに握手するやら肩を打つやらした。手塚は揚々として席についた。
「反対!」と叫んだものがある。人々はその方を見ると師範学校の野淵であった。野淵というのは模範生と称せられている青年で、漢文や英語に長じその学問の豊かな点において先生達も舌を巻いておそれている。かれは底力のある声量と悠然《ゆうぜん》たる態度でまずこういった。
「ただいまの弁士の新知識を尊敬するとともにわが輩はその論旨に大なる疑いをはさまねばならないことを遺憾《いかん》に思います、弁士は英雄不必要を唱《とな》えました。英雄の対象は奴隷《どれい》であるといいました。偶像を破壊して民衆的にならねばならぬといいました。はたしてそうでしょうか、ああはたして然《しか》るか」
語調は一変して大石急阪を下る勢いもって進行した。
「もしこの世に英雄なかりせば人間はいかにみじめなものであろう、古人は桜《さくら》を花の王と称した、世の中に絶えて桜のなかりせば人の心やのどけからましと詠《えい》じた、吾人は野に遊び山に遊ぶ、そこに桜を見る、一抹《いちまつ》のかすみの中にあるいは懸崖千仭《けんがいせんじん》の上にあるいは緑圃黄隴《りょくほこうろう》のほとりにあるいは勿来《なこそ》の関《せき》にあるいは吉野の旧跡に、古来幾億万人、春の桜の花を愛《め》でて大自然の摂理《せつり》に感謝したのである、もし桜が
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