わらった。こういう滑稽な男が司会をしたということは会の威厳を損じたに違いないが、しかし二つの学校の生徒がしのぎをけずって戦おうという殺気立った会場を春のごとく平和にしたのはこの男のおかげである。
 弁論の題はこの席上で多数決で決めることになっている。
 各自の抱負《ほうふ》をのべること、
 科学について、
 英雄論、
 この三つが提出された。英雄論を提出したのは手塚であった。司会者は採決した。英雄論が大多数をもって通過した。それはいかにも青年にふさわしき題であった。学生の眼はことごとく異様に輝き、その呼吸が次第にせまってきた。しかしだれあってまっさきに立つ者がなかった。すべてこういう場合に先登をする者はきわめて損である。いかんとなれば後の弁士に攻撃されるからである。中学生はことごとく手塚と柳の方を見やった。手塚はしきりにノートをくっている。光一は微笑している、師範学校側では野淵《のぶち》という上級生と矢島というのが人々に肩をつかれていた。黙々塾《もくもくじゅく》ではみながチビ公をめざした。チビ公は頭を縮《ちぢ》めてひっこんだ。と、突然演壇に立った青年がある。それは例の浜本彰義隊《はまもとしょうぎたい》であった。かれは剣道の稽古着に白いはかまをはき、紐《ひも》の横にきたない手ぬぐいをぶらさげたまま、のそのそとテーブルの上の水さしからコップで水を飲んだ。
「水を飲みにあがっちゃいかん」とだれかがいった。実際彰義隊は弁舌がへたなので何人《なんぴと》もかれが演説をすると思わなかったのである。
「満場の諸君!」
 彰義隊はきっと直立して両手をはかまの紐《ひも》の間にはさみ、おそろしく大きな声でどなった。会衆はわっとわらいだしたがすぐしずかになった。
「満場の諸君!」とかれはふたたびいった。そうしてまた「満場の諸君!」とどなった。会衆はわくがごとくわらった。
「わが輩《はい》は英雄を崇拝する、わが輩は英雄たらんとしつつある。わが輩は諸君が英雄たることを望む、小説や音楽や芝居やさらにもっとも下劣なる活動写真を見るようなやつは到底《とうてい》英雄にはなれない。わが輩はそいつらをばかやろうと呼ぶ、今夜ここに英雄もきているだろうが、ばかやろうもなかなか多い、わが輩は片っ端からぶんなぐって首を抜いてやるからそう思え」
「脱線脱線」と叫んだものがある。
「なにを? ……」
「暴言はやめてく
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