たとて決してそれをしかったりわらったりするような父母兄弟や先生はこの世にない。
読者諸君! 少年時代に一番つつしまねばならぬのは娯楽である。娯楽にはいろいろある、目の娯楽、耳の娯楽、口の娯楽、それらよりももっとも有益なのは心の娯楽である。
活動写真、飲食店、諸君がいつも誘惑《ゆうわく》を受けるのはこれである。娯楽には友達が必要である、諸君はこのために活動の友達や飲食の友達ができる。不良気分がここから胚胎《はいたい》する。そのうちに奸知《かんち》あるもの、良心にとぼしきものはこの娯楽を得るために盗賊を働く、ひとりでは心細いから相棒を作る、弱いものを脅迫して金品をまきあげる、他の子女を誘惑して同類にひっこむ、一度《ひとたび》この泥田《どろた》に足をつっこむともう身動きができなくなる。
読者諸君! 孝子は巌牆《がんしょう》の下《もと》に立たずといにしえの聖人がいった、親のあるものは自重せねばならぬ、兄弟姉妹のあるもの、先輩のあるものは自重せねばならぬ、いやしい娯楽場へ足をふみ入れて生涯をあやまることは愚のきわみである。
さて文子はどうなったか、文子の兄光一はそのころ野球にいそがしかった、かれの学業はますます進み同時に野球の技術がすばらしいものになった。かれの身の丈《たけ》は五尺四寸、腕は鉄のごとく黒く、隆々《りゅうりゅう》とした肉が肩に隆起し、胸は春の野のごとく広く伸びやかである。かれの母はいつもかれを見やって微笑した。
「私より首一つだけ大きくなった、この子はしようがないね、去年の着物がみんな間にあわなくなった」
こうこぼしながらも心中の喜びは抑《おさ》えきれない。それと同時に文子も次第に美しくなった、が文子の顔に何やら一点の曇りがたなびきはじめた。
「おまえどうかしたのかえ」と母がきく。
「なんでもないわ」と文子はわらった。だが文子は決してなんでもなくはなかったのである。かの女は例の一件があってからその秘密を手塚ににぎられてしまった。もしかの女が家へ帰って母に打ちあけたなら、こんな苦しみはせずにすんだのである。
手塚は一旦《いったん》光一に忠告されて改心したもののそれはほんのつかの間であった、かれはどうしても娯楽なしには生きていられなかった、活動写真で低級な演劇趣味をふきこまれたかれは自分で芝居をして見たくなった。かれは活動を見ては家へ帰ってそのまねをした
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