ふりかえった。
「きてるのか」
「うむ、きみが忠告するはずだったが、おれはどうしてもあいつをぶんなぐらなきゃ腹の虫がおさまらないからやってきた」
「待ってくれよ、ね、決議にそむいちゃいかんよ」
「いや、おれはなぐる、忠告なんて手ぬるいことではだめだ、あれを見い、毛唐人《けとうじん》は犬やねこのようなまねをしてそれが愛だというんだ、おれはそれが気に食わねえ、日本の写真はそのまねをしてるんだぜ、日本の役者……そうだおれはなにかの雑誌を読んだがね、米国では人間のうちで一番劣等なものは活動役者だって……そうだろう、劣等でなければ、あんな醜悪な動作をしてはずかしいとも思わず平気でやっておられんからな、けだものめ」
あたりの人はみなわらいだした。
「なにをわらうかばかやろう、おまえ達は趣味が劣等だから劣等なものを見て喜んでるんだ、うじ虫がくそを臭《くさ》いと思わないように、おまえたちは活動写真を劣等だと思わないんだ、気の毒なやつだ、ばかなやつだ、死んでしまう方が国家の経済だ、やいそこにいる会社員見たいなやつ、帽子をぬげよ、そんな安っぽい帽子をおれに見せようたっておれは見てやらないぞ、インバネスを着やがってするめじゃあるまいし、やい女、ぼりぼりせんべいを食うなよ」
彰義隊《しょうぎたい》はすっかり昂奮《こうふん》してどなりつづけた。
「もういいよ、どなるのはよせよ」と光一はなだめた。
「おれだってどなりたくはないさ、だが……ああ女がでた、あれはなんとかいう女なんだね、どうだ、毛唐《けとう》の面《つら》はみんなさるに似ているね」
写真はおわった、場内が明るくなった。彰義隊《しょうぎたい》は立ちあがって前後左右を見まわした。光一も同じく見まわした。かれは二階の欄干《らんかん》にひたと身体《からだ》を添えて顔をかくしている手塚の姿を見た、はっと思ったがすぐ思い返した、いまここで彰義隊に知らしたら大さわぎになる。
「いないね」と彰義隊がいった。
「いないよ」
「畜生《ちくしょう》め、どこかにかくれてるんだ」
こういったときふたたび電灯が消えた。
「この間に手塚が逃げてくれればいい」と光一は思った。とこのとき彰義隊は拍手喝采した。
「やあやあ、近藤勇《こんどういさみ》だ、やあやあ」
かれは「幕末烈士近藤勇」という標題を見て拍手したのであった。とすぐちょんまげの顔が現われた。
「あ
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