くれたまえ」
「飲食店へ出入りするが悪いよ」と彰義隊《しょうぎたい》がいった。
「それはね、学生としていいことではないが、ぼくらだってそばが食いたかったり、しるこ屋へはいることもあるから手塚ばかりは責められないよ」と光一はいった。
「活動を見にゆくのはけしからん」
「しかし、諸君の中に活動を見ない人があるかね、どうだ」
 光一は四人を見まわした、一同はだまった。
「女と合奏したり、手紙をやりとりするのはどうだ」
「それはぼくもよくないと思う、しかしそんなことは忠告ですむことだ、一度忠告してきかなかったらそのときに第二の方法を考えようじゃないか、ぼくは生蕃《せいばん》のことでこりた、生蕃は決して悪いやつじゃなかった、だがあのとき諸君がぼくに同情して生蕃を根底からにくんだ、そのために彼はふたたび学校へくることができなくなった、ぼくはいつもそれを思うと、われわれは感情に激《げき》したためにひとりの有為《ゆうい》の青年を社会から葬《ほうむ》ることになったことが実に残念でたまらん、人を罰するには慎重《しんちょう》に考えなければならん、そうじゃないか」
 光一の真剣な態度は一同の心を動かした。
「そういえばそうだ」と彰義隊は快然といった。
「それじゃだれが手塚に忠告するか」
「ぼくでよければぼくがいおう」と光一はいった。
「よし、それできまった、だがもしそれでも反省しなかったらそのときにはだれがなんといってもぼくはあいつをなぐり殺すぞ」
「よしッ、ぼくはかならず反省さしてみせる」
 会議はおわった、光一はみなとわかれてひとり町を歩いた。悲しい情緒《じょうちょ》が胸にあふれた。かれは他人の欠点をいうことはなにより嫌いであった、ましてその人に向かってその人を侮辱するのは忍び得ざることである。
 だがいわねばならぬ、いわねば手塚はなぐられる、なぐられるのはかまわないとしたところで、手塚は自分の悪事を悪事と思わずにますます堕落《だらく》するだろう、かれには美点がある、だが欠点が多い、かれは美点を養わずに欠点をのみ増長させている、かくてかれは終生救うべからざる淵《ふち》にしずむだろう。
 こうかれは決心した。かれはすぐ手塚の家をたずねた。ちょうど勝手口に手塚の母が立っていた、光一は手塚の母がおりおり三味線《しゃみせん》を弾《ひ》いているのを見たことがあるので、いつもなんとなく普通の人でな
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