るだろうさ、いままできみと阪井とは一番親しかったんだろう、それをきみがみんなと一緒になってつばをはきかけたんだからね」
「だってあいつは悪徒だからさ」
「きみほど悪徒ではないよ」
 柳は思わずこういった。手塚はさっと顔をあからめたがそれは憤慨のためではなかった。かれは柳に肚《はら》の中を見みすかされたのがはずかしかったのである。だがこのくらいの侮辱はかれに取っては耳なれている。かれはぬすむように柳の顔を見やって、
「きみ、活動へゆかないか」
「いやだ」
「クララ・キンポールヤングすてきだぜ」
「それはなんだ、西洋のこじきか」
「ははははきみはクラちゃんを知らないのかえ」
「知らないよ」
「話せねえな、一|遍《ぺん》見たまえ、ぼくがおごるから」
「活動というものはね、きみのようなやつが見て喜ぶものだよ」
 さすがに手塚は目をぱちくりさせて言葉がでなかった。だがこのくらいのことにひるむような手塚ではない。かれはこびるような目をむけていった。
「きみ、ぼくのカナリアが子をかえしたからあげようね」
「いらないよ」
「じゃね、きみは犬を好きだろう、ぼくのポインターをあげようね」
「ぼくの家にもポインターがいるよ」
「そうだね」
 手塚はひどく当惑《とうわく》してだまったが、もうこらえきれずにいった。
「きみは生蕃が好きになったのか」
「もとから好きだよ」
「だってあいつはきみを負傷させたじゃないか」
「喧嘩はおたがいだ、生蕃は男らしいところがあるよ」
「じゃ失敬」
「失敬」二人は冷然とわかれた。
 光一に送られた巌《いわお》は家へはいるやいなやわが室《へや》へころがりこんだ。いままでこらえこらえた腹だたしさと悲しさと全身のいたみが、急にひしひしとせまってくる。かれは畳《たたみ》にころりと倒れたまま天井《てんじょう》を見つめて深い考えにしずんだ。
 かれの頭の中には停車場前において学友に打たれなぐられつばをはきかけられた光景が浮かんだ。げたで踏《ふ》まれたひたいのこぶがしくしく痛みだす。がかれはそれよりも痛いのは胸の底を刺《さ》されるような大なる傷であった。
 父の不正! 校長の転任! 学友の反感! 数えきたればすべての非はわれにある。
「巌、どこへいってたの?」
 母は心配そうにかれの室《へや》をのぞいた。巌は答えなかった。
「おなかがすいたろう。ご飯を食べない?」
「ほしく
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