を読んだり、宿題を解いたりしていた。巌はずらりとかれらを見まわした、これというやつがあったら喧嘩《けんか》をしてやろう。
だがあいにく弱そうなやつばかりで相手とするにたらぬ、そこでかれは木の下に立って一同を見おろしていた、かれの胸はいつも元気がみちみちている、かれは毎朝眼がさめるとうれしさを感ずる、学校へいって多くの学生をなぐったりけとばしたり、自由に使役したりするのがさらにうれしい。かれはいろいろな冒険談を読んだり、英雄の歴史を読んだりした、そうしてロビンソンやクライブやナポレオンや秀吉《ひでよし》は自分ににていると思った。
「クライブは不良少年で親ももてあました、それでインドへ追いやられて会社の腰弁《こしべん》になってるうちに自分の手腕をふるってついにインドを英国のものにしてしまった、おれもどこかへ追いだされたら、一つの国を占領して日本の領土を拡張しよう」
こういう考えは毎日のようにおこった、かれは実際|喧嘩《けんか》に強いところをもって見ると、クライブになりうる資格があると自信している。
「おれは英雄だ」
かれはナポレオンになろうと思ったときには胸のところに座蒲団《ざぶとん》を入れて反身《そりみ》になって歩いた。秀吉になろうと思った時にはおそろしく目をむきだしてさるのごとくに歯を出して歩く。かれの子分のしゃもじは国定忠治《くにさだちゅうじ》や清水《しみず》の次郎長《じろちょう》がすきであった、かれはまき舌でものをいうのがじょうずで、博徒《ばくと》の挨拶《あいさつ》を暗記していた。
「おれはおまえのような下卑《げび》たやつはきらいだ」と巌がしゃもじにいった。
「何が下卑てる?」
「国定忠治だの次郎長だの、博徒じゃないか、尻をまくって外を歩くような下卑たやつはおれの仲間にゃされない」
「じゃどうすればいいんだ」
「おれは秀吉《ひでよし》だからお前は加藤か小西になれよ」
かれはとうとうしゃもじを加藤清正《かとうきよまさ》にしてしまった。だがこの清正はいたって弱虫でいつも同級生になぐられている。大抵《たいてい》の喧嘩《けんか》は加藤しゃもじの守《かみ》から発生する、しゃもじがなぐられて巌に報告すると巌は復讐《ふくしゅう》してくれるのである。
いずれの中学校でも一番生意気で横暴なのは三年生である、四年五年は分別が定まり、自重心も生ずるとともに年少者をあわれむ心
前へ
次へ
全142ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 紅緑 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング