日埋葬、明日は帰京に付、右申上候」
[#ここで字下げ終わり]

   未来の時代を孕む鉱毒問題

[#ここから1字下げ]
田中代議士が始めて出した鉱毒問題の質問書
「大日本帝国憲法第廿七条には、日本臣民は其所有権を侵さるゝことなしとあり。又日本坑法第三項には、試掘|若《もしく》は採掘の事業、公益に害ある時は、農商務大臣は既に与へたる許可を取消すことを得とあり――然るに栃木県|下野《しもつけ》国上都賀郡足尾銅山より流出する渾《すべ》ての鉱害は、群馬栃木両県の間を通ずる渡良瀬川沿岸の各郡村に年々巨万の損害を被らしめ、田畑は勿論飲用水を害し、堤防草木に至るまで其害を蒙《かうむ》り、将来|尚《なほ》如何なる惨状を呈するに至るやも測《はか》り知るべからず。数年政府の之を緩慢に付し去る理由|如何《いかん》。既往の損害に対する救治の方法如何。将来の損害に於ける防遏《ばうあつ》の手段如何」
[#ここで字下げ終わり]
この十八日、衆議院の予算本会議では、民党査定案が一瀉千里の勢で通過し、二十二日には、今期の議会第一の問題たる海軍拡張の予算案が全部否決された。かく火花を散らして闘ふ政府と民党との衝突は、これ然しながら、藩閥政府打破の旧観念に属す。田中正造が投げた鉱毒問題には、金権政治の弾劾と云ふ未来の時代を孕《はら》んで居た。
十二月廿四日の予算会議、農商務省費目の議事に於て田中代議士は始めて農商務大臣陸奥宗光と顔を合はせた。君は外務大臣の陸奥の名を聞いて居るだらう。此時陸奥は農商務大臣であつた。気の毒なことには、陸奥の次男が古河の養子だ。
[#ここから1字下げ]
田中代議士の質問演説
『農商務省へは先日質問書を出して置きましたが、七日になりましても未だ御答弁が無い。今日此項の費目にかゝらぬ前に御答弁があるだらうと信じて居りましたが、何か御差支があるものと見えて御答弁がありませぬ。議院法には、直に答弁するか、出来なければ出来ない理由を明示すと云ふことがある。七日経て答弁が出来なければ出来ないと云ふことを、本費目に掛る前に、大臣御出席であるから、一応申されて然るべしと思ふ。出来なければ出来ないで宜しい』
陸奥農商務大臣の答弁
『唯今田中君の御質問がございましたが、その御質問の初めに予《かね》て質問書を出して居る、何故に返答が遅いかといふ御催促でありました。その返答は何時でもするつもりで、即ち今日も書類を持つて居る。昨日もこの通り議長に返答致しませうと思ひましたが、予算会議の為に大層議論が忙がしい様に思ひましたから、その間を得て答弁を致しませうと思ひました。或ひは明日でも答弁致しますこれは不審に向ての御答であります』
[#ここで字下げ終わり]
詭弁の雄者陸奥は避けて遂に答へなかつた。
廿六日、議会は解散された。陸奥が持つて居ながら、出すことを恐れた答弁書が、議会解散後の官報附録に左の如く載せてある。
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
一、群馬栃木両県下渡良瀬沿岸の耕地に被害あるは事実なれども、被害の原因確実ならず。
二、右被害の原因に就ては、目下各専門家の試験調査中なり。
三、鉱業人は成し得べき予防を実施し、独米より粉鉱採聚器を購求して、一層鉱物の流出防止の準備をなせり。
[#ここで字下げ終わり]

   農相陸奥宗光を罵る

明治廿五年二月、臨時総選挙施行。これが有名な民党一掃の選挙干渉で世の非難に堪へずして、内務大臣品川弥二郎は、議会召集に先だちて辞職した。
五月二日に臨時議会召集。十一日、先づ貴族院で選挙干渉難詰の建議案通過。翌十二日、衆議院は選挙干渉上奏案の大論戦。上奏案は僅かの少数で敗れたが、越えて十四日決議案は多数で通過した。十六日、七日間議会停会の詔勅。政府は保安条例を施行した。殺気紛々。
その二十日、田中代議士は「足尾銅山鉱毒加害の儀に付質問書」を提出した。前議会に於ける陸奥農相の答弁書には、第二項に於て、「被害の原因に就ては、目下各専門家の試験調査中」と逃げて居たが、この時、医科大学の丹波教授、農科の古在、長岡両教授等の分析調査の結果、渡良瀬沿岸被害の原因は、足尾銅山に在りと云うたが、既に近く世間に発表されて居たから、政府の答弁も勢ひ一歩を進めなければならなかつた。乃ち六月十一日、左の答弁書を送つて来た。
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
一、足尾の鉱毒が渡良瀬河岸被害の一原因たることは、試験の結果に依りて之を認めたりと雖《いへど》も、此被害たる、公共の安寧を危殆《きたい》ならしむる如き性質を有せず。其損害の程度は鉱業を停止するに至らず。
二、既往の損害は、行政官たるもの、何等の処分をなすべき職権なし。
三、将来予防の為め、鉱業人は粉鉱採聚器設置の準備中なり。
四、鉱業人は、上野《かうづけ》国待矢場両堰水利土切会
前へ 次へ
全12ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 尚江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング