が進歩党員であるが為に、鉱毒問題が動《やゝ》もすれば党派問題と見なされる憂《うれひ》があつた。今や自分が創立以来の進歩党を脱却した以上、諸君も亦党派的感情を離れて、この鉱毒問題を見て呉れ、と言ふのだ。
も一つの雲影がこれ迄常に鉱毒問題を煩《わづら》はして居た。「鉱毒は畢竟《ひつきやう》田中の選挙手段だ」と言ふことだ。彼は進んで言うた。
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『尚ほまたこの田中正造は衆議院議員でございますからして、自分の選挙区の関係があるからやるのだと云ふやうな馬鹿な説が、この議場の中に――一人でも二人でも、左様な御方がある為にこの被害民の不幸を蒙り、また国家の不幸を蒙むると云ふ不都合がござりますれば、私はまた議員をも罷《や》めるのでございます。今日にも罷めるのでございます。さりながら今日辞表を出しますれば、明日は演壇に登ることが出来ませぬから、今一場のお話を致して、議員を罷めまする積りでございます――』
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見よ、演説壇上のこの人を――黒紋付の木綿羽織に、色|褪《あ》せた毛繻子《けじゆす》[#「毛繻子」は底本では「手繻子」]の袴。大きな円い額には長く延びた半白の髪が蓬のやうに乱れて居る。年正に六十。多年の孤身苦闘に、巌丈な肉体も綿のやうに疲れ切つて居る。譬《たと》へば、深傷を負うた一個の老獅子。
十七日、彼は又演壇に立つた。先づ彼の質問書を見よ。
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『亡国に至るを知らざれば、これ即ち亡国の儀に付質問書民を殺すは国家を殺すなり。
法を蔑《ないがしろ》にするは国家を蔑にするなり。
皆自ら国を毀《こぼ》つなり。
財用を濫り民を殺し法を乱して而して亡びざるの国なし、これを奈何《いかん》。
右質問に及候也』
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彼はその長演説の終りにかう言うて居る。
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『兇徒嘯集などと大層な事を言ふなら、何故田中正造に沙汰をしなかつたのであるか。人民を撲殺す程の事をするならば、田中正造を拘引して調べないか。大ベラ棒と言はうか。大間抜と言はうか。若しこの議会の速記録と云ふものが皇帝陛下の御覧にならないものならば、思ふざまキタない言葉を以て罵倒し、存分ヒドい罵り様もあるのであるが、勘弁に勘弁を加へて置くのである。苟《いやしく》も立憲政体の大臣たるものが、卑劣と云ふ方から見ようが、慾張り云ふ方から見ようが、腰
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