と契約し、自費を以て両堰水門内に沈澱場を設け、時々之を浚渫《しゆんせつ》すべき準備中なり。
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この答弁書を見よ、これは政府と云ふ者の態度でなく、全く鉱業者の代理人だ。田中は直に再度の質問書を提出し、その十四日、議会最終日の演壇で次のやうに罵《のゝし》つた。
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『法律があつて法律を実行することが出来ない。法律があり条例があつて、政府がこれを実行しない。――諸君の最も恐るゝ外国条例、条約改正問題中の居留地と云ふものを、尤も恐れるのは何であるか。我帝国に法律あれども、法律が行はれないからである。然るに群馬栃木の中に、この新奇なる古河市兵衛の輩が跋扈《ばつこ》して、新たに居留地を拵《こしら》へ、法律あれども法律を行ふことが出来ない。人民如何に困憊《こんぱい》に陥るとも、農商務大臣の目には少しも見えない。偶々《たま/\》愚論を吐いて曰く、古河市兵衛の営業と云ふものは国家の有益であると。――大きにお世話だ。此方は租税を負担して居ります。古河より先きに住んで租税の負担をして居る人民が今日其土地に居ることが出来ない、祖先来の田畑を耕すことがならず、祖先来の田畑が実《みの》らなくなつたと云ふ事実と比較が出来るものでない。憲法があり法律がある今日、それを執行することが出来ないならば、農商務大臣はその責任を尽さないのである。その責《せめ》を尽すことの出来ないものは速にその職を辞さなければならぬ』
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田中が、議会の演壇で真つ赤になつて、農商務大臣の責任を論じて居る時、政府は裏から手を伸ばして、被害地人民の口に封印を押して居た。地方官吏が権力を以て示談の契約書に調印をさせて居たのだ。見本を一枚見せよう。
       契約書
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下野国上都賀郡足尾に於て、古河市兵衛所営の銅山より流出する粉鉱に就き、渡良瀬川沿岸町村に加害有之に付、今般仲裁人立入、其扱に任し、梁田郡久野村人民より正当なる手続を尽し委任を付托せられたる総代其外十二名と、古河市兵衛との間に熟議契約をなす左の如し。
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第一条 古河市兵衛は粉鉱の流出を防がんが為め、明治二十六年六月三十日を期し、精巧なる粉鉱採聚器を足尾銅山工場に設置する事。
第二条 古河市兵衛に於ては、仲裁人の取
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