るに至ては、豈に酸鼻の極に非ずや。
故に地方官吏の直に彼等人民に接する者は、深く之に同情を表せざるべからず。然れ共試みに来りて彼等吏員と会談せよ、余は其の必ず彼等の冷淡なる口気に驚くべきを信ずるなり。
彼等吏員の多くは被害民の哀訴歎願を以て、一個虚偽の行為と解釈するが如し。只だ二三|使嗾者《しそうしや》の非行に過ぎざる者と解釈する多きが如し。而して二三の狡児が鉱毒運動を名として費用を徴集するに過ぎずとする者多きが如し。然れ共是れ正に大誤解なると同時に、此の大誤解は遂に鉱毒地人民を指して、直ちに一個の暴民団体と解了する者を出ださんとするなり。
連合上京と言へることが兇徒聚集に値するや、将た今回彼等人民の行為が触法なりや否やは余が元より言ふべき所に非ず。余は既に前掲の事実に依りて、彼等人民の解散後に処したる警官の非行を知れり。而して余は偶※[#二の字点、1−2−22]《たま/\》之に依りて、彼等警官が平素如何に鉱毒地民を誤解し居るかを証明し得たりと信ずるなり。アヽ此の最下級官吏の誤解は上伝せられて、やがて中央政府の解釈となるなり。余は上下不通の禍機てふ者が斯かる間に伏在することを憂ふるなり。
被害地民の意思
中央政府諸君の観察は余の知らざる所なりと雖も諸君幸に安心せよ。彼等被害地人民は共和政体を新設せんと欲するに非ず。諸君の椅子を奪はんと欲するに非ず。彼等は只だ自己一身の利害の為めに、諸君に向て救済の道を哀求するに過ぎざるなり。
三十年前に於ける鉱毒の劇甚なりし事は、最早や誰人も疑はざる所なり。三十年に於ける除害工事の命令に依つて之を防遏《ばうあつ》し得るとは、思ふに今日政府の意見ならん。而して彼等被害地民は之を然らずと主張するなり。今日の問題は過去の事実に係るに非ずして、此の新事実の上に存するなり。彼等被害民は他意あるに非ず、故に政府にして胸襟を開きて彼等に対しなば、彼等野人は先づ其の徳に向て感泣すべきなり。
余は彼等人民に接し、専制政治に慣れたる国民の如何に深く政府を尊重するかを知れり。若し夫れ鉱業より生ずる害毒に向て、是れが条理を明かにし、誠心以て之に臨まば、意外に円滑なる終局を告げて、却て民心を満足するに至らんも知るべからず。只だ政府此の道に出でず、彼等に対する宛然《さながら》非人乞食を遇するが如くす。是れ人民をして益※[#二の字点、1−2−22]怨恨激発せしむる所以《ゆゑん》なり。余は彼等人民の可憐なる心情を解すると同時に、今日の政府が心胸を開きて人民に臨むの雅量なきを悲しみ、到底治国の任に堪へざる事を思はずんばあらず。
[#地から2字上げ](明治三十三年二月十九日)
底本:「現代日本文學大系 9 徳冨蘆花・木下尚江集」筑摩書房
1971(昭和46)年10月5日初版第1刷発行
1985(昭和60)年11月10日初版第13刷発行
初出:「毎日新聞」
1900(明治33)年2月19日
入力:林 幸雄
校正:小林繁雄
2006年5月7日作成
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