んなことの言われるのも不快で、顔までも上に着た物の中へ引き入れて浮舟は寝ていた。
 主人の尼君は少年の話し相手に出て、
「物怪《もののけ》の仕業《しわざ》でしょうね。普通のふうにお見えになる時もなくて始終御病気続きでね。それで落飾もなすったのを、御縁のある方が訪ねておいでになった時に、これでは申しわけがないとそばにいて気をもんでおりましたとおりに、大将さんの奥様でおありになったのでございますってね。それをはじめて承知いたしまして、なんともお詫《わ》びのしかたもないように思います。ずっと御気分は晴れ晴れしくないのですが、思いがけぬ御消息のございましたことでまたお心も乱れるのでしょう。平生以上に今日はお気むずかしくなっていらっしゃるようですよ」
 などと語っていた。山里相応な饗応《きょうおう》をするのであったが、少年の心は落ち着かぬらしかった。
「私がお使いに選ばれて来ましたことに対しても何かひと言だけは言ってくださいませんか」
「ほんとうに」
 と言い、それを伝えたが、姫君はものも言われないふうであるのに、尼君は失望して、
「ただこんなようにたよりないふうでおいでになったと御報告をなさるほかはありますまい。はるかに雲が隔てるというほどの山でもないのですから、山風は吹きましてもまた必ずお立ち寄りくださるでしょう」
 と小君《こぎみ》に言った。期待もなしに長くとどまっていることもよろしくないと思って少年は去ろうとした。恋しい姿の姉に再会する喜びを心にいだいて来たのであったから、落胆して大将邸へまいった。
 大将は少年の帰りを今か今かと思って待っていたのであったが、こうした要領を得ないふうで帰って来たのに失望し、その人のために持つ悲しみはかえって深められた気がして、いろいろなことも想像されるのであった。だれかがひそかに恋人として置いてあるのではあるまいかなどと、あのころ恨めしいあまりに軽蔑《けいべつ》してもみた人であったから、その習慣で自身でもよけいなことを思うとまで思われた。



底本:「全訳源氏物語 下巻」角川文庫、角川書店
   1972(昭和47)年2月25日改版初版発行
   1995(平成7)年5月30日40版発行
※このファイルは、古典総合研究所(http://www.genji.co.jp/)で入力されたものを、青空文庫形式にあらためて作成しました。
※校正には、2002(平成14)年4月10日44版発行を使用しました。
入力:上田英代
校正:柳沢成雄
2003年3月23日作成
青空文庫作成ファイル:
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