だ四、五人だけがまた庭の怪しい物を見に出たが、さっき見たのと少しも変わっていない。怪しくてそのまま次の刻に移るまでもながめていた。
「早く夜が明けてしまえばいい。人か何かよく見きわめよう」
と言い、心で真言《しんごん》の頌《じゅ》を読み、印を作っていたが、そのために明らかになったか、僧都は、
「これは人だ。決して怪しいものではない。そばへ寄って聞いてみるがよい。死んではいない。あるいはまた死んだ者を捨てたのが蘇生《そせい》したのかもしれぬ」
と言った。
「そんなことはないでしょう。この院の中へ死人を人の捨てたりすることはできないことでございます。真実の人間でございましても、狐とか木精《こだま》とかいうものが誘拐《ゆうかい》してつれて来たのでしょう。かわいそうなことでございます。そうした魔物の住む所なのでございましょう」
と一人の阿闍梨は言い、番人の翁を呼ぼうとすると山響《やまびこ》の答えるのも無気味であった。翁は変な恰好《かっこう》をし、顔をつき出すふうにして出て来た。
「ここに若い女の方が住んでおられるのですか。こんなことが起こっているが」
と言って、見ると、
「狐の業《わざ》ですよ。この木の下でときどき奇態なことをして見せます。一昨年《おととし》の秋もここに住んでおります人の子供の二歳《ふたつ》になりますのを取って来てここへ捨ててありましたが、私どもは馴《な》れていまして格別驚きもしませんじゃった」
「その子供は死んでしまったのか」
「いいえ、生き返りました。狐はそうした人騒がせはしますが無力なものでさあ」
なんでもなく思うらしい。
「夜ふけに召し上がりましたもののにおいを嗅《か》いで出て来たのでしょう」
「ではそんなものの仕事かもしれん。まあとっく[#「とっく」に傍点]と見るがいい」
僧都は弟子たちにこう命じた。初めから怖気《おじけ》を見せなかった僧がそばへ寄って行った。
「幽鬼《おに》か、神か、狐か、木精《こだま》か、高僧のおいでになる前で正体を隠すことはできないはずだ、名を言ってごらん、名を」
と言って着物の端を手で引くと、その者は顔を襟《えり》に引き入れてますます泣く。
「聞き分けのない幽鬼《おに》だ。顔を隠そうたって隠せるか」
こう言いながら顔を見ようとするのであったが、心では昔話にあるような目も鼻もない女鬼《めおに》かもしれぬと恐ろしいのを、勇敢さを人に知らせたい欲望から、着物を引いて脱がせようとすると、その者はうつ伏しになって、声もたつほど泣く。何にもせよこんな不思議な現われは世にないことであるから、どうなるかを最後まで見ようと皆の思っているうちに雨になり、次第に強い降りになってきそうであった。
「このまま置けば死にましょう。垣根《かきね》の所へまででも出しましょう」
と一人が言う。
「真の人間の姿だ。人間の命のそこなわれるのがわかっていながら捨てておくのは悲しいことだ。池の魚、山の鹿《しか》でも人に捕えられて死にかかっているのを助けないでおくのは非常に悲しいことなのだから、人間の命は短いものなのだからね、一日だって保てる命なら、それだけでも保たせないではならない。鬼か神に魅入《みい》られても、また人に置き捨てにされ、悪だくみなどでこうした目にあうことになった人でも、それは天命で死ぬのではない、横死《おうし》をすることになるのだから、御仏《みほとけ》は必ずお救いになるはずのものなのだ。生きうるか、どうかもう少し手当をして湯を飲ませなどもして試みてみよう。それでも死ねばしかたがないだけだ」
と僧都《そうず》は言い、その強がりの僧に抱かせて家の中へ運ばせるのを、弟子たちの中に、
「よけいなことだがなあ。重い病人のおられる所へ、えたいの知れないものをつれて行くのでは穢《けが》れが生じて結果はおもしろくないことになるがなあ」
と非難する者もあった。また、
「変化《へんげ》のものであるにせよ、みすみすまだ生きている人をこんな大雨に打たせて死なせてしまうのはあわれむべきことだから」
こう言う者もあった。下《しも》の者は物をおおぎょうに言いふらすものであるからと思い、あまり人の寄って来ない陰のほうの座敷へ拾った人を寝させた。
尼君たちの車が着き、大尼君がおろされる時に苦しがると言って皆は騒いだ。
少し静まってから僧都は弟子に、
「あの婦人はどうなったか」
と問うた。
「なよなよとしていましてものも申しません。確かによみがえったとも思われません。何かに魂を取られている人なのでしょう」
こう答えているのを僧都の妹の尼君が聞いて、
「何でございますの」
と尋ねた。こんなことがあったのだと僧都は語り、
「自分は六十何年生きているがまだ見たこともないことにあった」
と言うのを聞いて、尼君は、
「ま
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