て食事の仕度《したく》もできていた。昔どおりに給仕をする少将の尼の普通に異なった袖口《そでぐち》の色も悪い感じはせず美しく思われた。尼夫人は昨日《きのう》よりもまだひどい涙目になって中将を見た。感謝しているのである。話のついでに中将が、
「このお家《うち》に来ておいでになる若い方はどなたですか」
と尋ねた。めんどうになるような気はするのであったが、すでに隙見《すきみ》をしたらしい人に隠すふうを見せるのはよろしくないと思った尼君は、
「昔の人のことをあまり心に持っていますのは罪の深いことになると思いまして、ここ幾月か前から娘の代わりに家へ住ませることになった人のことでしょう。どういう理由か沈んだふうでばかりいまして、自分の存在が、人に知れますことをいやがっておりますから、こんな谷底へだれがあなたを捜しに来ますかと私は慰めて隠すようにしてあげているのですが、どうしてその人のことがおわかりになったのでしょう」
「かりに突然求婚者になって現われた私としましても、遠い路《みち》も思わず来たということで特典を与えられなければならないのですからね、ましてあなたが昔の人と思ってお世話をしていらっしゃる方であれば、私の志を昔に継いで受け入れてくだすっていいはずだと思います。どんな理由で人生を悲観していられる方なのですかねえ。慰めておあげしたく思われますよ」
好奇心の隠せぬふうで中将は言った。帰りぎわに懐紙へ、
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あだし野の風になびくな女郎花《をみなへし》われしめゆはん路《みち》遠くとも
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と書いて、少将の尼に姫君の所へ持たせてやった。尼君もそばでいっしょに読んだ。
「返しを書いておあげなさい。紳士ですから、それがあとのめんどうを起こすことになりますまいからね」
こう勧められても、
「まずい字ですから、どうしてそんなことが」
と言い、浮舟の聞き入れないのを見て、失礼になることだからと尼君が、
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お話しいたしましたように、世間|馴《な》れぬ内気な人ですから、
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移し植ゑて思ひ乱れぬ女郎花浮き世をそむく草の庵《いほり》に
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と書いて出した。はじめてのことであってはこれが普通であろうと思って中将は帰った。
中将は小野の人に手紙を送ることもさすがに今さら若々し
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