二日宿泊をさせてほしいと頼みにやると、ちょうど昨日初瀬へ家族といっしょに行ったと言い、貧相な番人の翁《おきな》を使いは伴って帰って来た。
「おいでになるのでございましたらがらっ[#「がらっ」に傍点]としております寝殿をお使いになるほかはございませんでしょう。初瀬や奈良へおいでになる方はいつもそこへお泊まりになります」
 と翁は言った。
「それでけっこうだ。官有の邸《やしき》だけれどほかの人もいなくて気楽だろうから」
 僧都はこう言って、また弟子を検分に出した。番人の翁はこうした旅人を迎えるのに馴《な》れていて、短時間に簡単な設備を済ませて迎えに来た。僧都は尼君たちよりも先に行った。非常に荒れていて恐ろしい気のする所であると僧都はあたりをながめて、
「坊様たち、お経を読め」
 などと言っていた。初瀬へついて行った阿闍梨と、もう一人同じほどの僧が何を懸念《けねん》したのか、下級僧にふさわしく強い恰好《かっこう》をした一人に炬火《たいまつ》を持たせて、人もはいって来ぬ所になっている庭の後ろのほうを見まわりに行った。森かと見えるほど繁《しげ》った大木の下の所を、気味の悪い場所であると思ってながめていると、そこに白いものの拡《ひろ》がっているのが目にはいった。あれは何であろうと立ちどまって炬火を明るくさせて見ると、それはすわった人の姿であった。
「狐《きつね》が化けているのだろうか。不届な、正体を見あらわしてやろう」
 と言った一人の阿闍梨は少し白い物へ近づきかけた。
「およしなさい。悪いものですよ」
 もう一人の阿闍梨はこう言ってとめながら、変化《へんげ》を退ける指の印を組んでいるのであったが、さすがにそのほうを見入っていた。髪の毛がさかだってしまうほどの恐怖の覚えられることでありながら、炬火を持った僧は無思慮に大胆さを見せ、近くへ行ってよく見ると、それは長くつやつやとした髪を持ち、大きい木の根の荒々しいのへ寄ってひどく泣いている女なのであった。
「珍しいことですね。僧都様のお目にかけたい気がします」
「そう、不思議千万なことだ」
 と言い、一人の阿闍梨は師へ報告に行った。
「狐が人に化けることは昔から聞いているが、まだ自分は見たことがない」
 こう言いながら僧都は庭へおりて来た。
 尼君たちがこちらへ移って来る用意に召使の男女がいろいろの物を運び込む騒ぎの済んだあとで、た
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