て、真相を確かめて来てくれ。どんなことをこういうふうに言っているかをね。下人というものはよくまちがったことを聞いて来たりするものだから」
こう仰せられる宮の御様子においたましいところの見えるのももったいなくて時方はその夕方から宇治へ出かけた。この人たちが急いで行けば早く行き着くこともできるのであった。少し降っていた雨はやんだが泥濘《ぬかるみ》の路《みち》につかれていたし、はじめから侍風に装っていたのであるし、目だつこともなく門をはいることのできた山荘の中は混雑していた。今夜のうちにお葬儀をしてしまうのであるなどと皆の言っているのを聞いて時方はひどく驚かされた。右近に面会を求めたが逢えない。
「何が何やらわからぬふうになっていまして、起き上がる力もないのです。夜分おそくにでもなりましたらおいでくださいませ。お目にかかれませんのは残念でございます」
と取り次ぎをもって言わせた。
「そうではありましょうが、こちらの御事情がわからぬままでは帰りようがありません。もう一人の方にでも逢わせてください」
時方がせつに言ったために侍従が出て来た。
「とんだことになりまして、だれも想像のできませんようなふうでお亡《な》くなりになったものですから、悲しいなどと申す言葉では私どもの心持ちは出てまいりません。夢のように思いまして、だれも皆|呆然《ぼうぜん》としておりますとだけ申し上げてくださいませ。少しこうしました気持ちの納りますころになれば、その前にどんなに煩悶をしておいでになりましたかと申すことや、あの宮様のおいであそばした晩に心苦しく思召《おぼしめ》した御様子などもお話し申し上げることができるかと思います。触穢《しょくえ》の期間の過ぎました時分にもう一度またお立ち寄りください」
と言って侍従ははげしく泣く。奥のほうにも泣き声が幾いろにも聞こえて、乳母らしく思われる声で、
「お姫様どこへいらっしゃいました。帰っておいでくださいませ。御|遺骸《いがい》さえ見られませんとはなんたる悲しいことでしょう。毎日毎日拝見しても飽くことのないあなた様でした。そのあなた様の御幸福におなりになるのを祈りますことで生きがいのあった私ではございませんか、それにあなた様は打ちやってお行きになりまして、どこへ行ったとも知らせてくださらない。鬼神でもあなた様を取り込めてしまうことはできないはずです。人が非常に惜しむ人は帝釈天《たいしゃくてん》も返してくださるものです。お姫様を取ったのは人にもせよ鬼にもせよ返しに来てください。御遺骸だけでも見せてほしい」
こう叫んでいるうちに不審な点のあるのに気のついた時方は、
「真相を知らせてください。だれかがお隠しになったのですか。確かに知りたく思召して、御自身の代わりにおよこしになった私は使いです。今ははっきりしないままでも事は済むでしょうがあとでほんとうのことがお耳にはいった節、御報告が違っていたものでしたら使いの罪になります。まただれだれに逢えと、御好意を持つものと思召して御名ざしになったのに対しても相済まぬこととお思いになりませんか。一人の女性に傾倒される方は外国の歴史などにもありますが、宮様のあの方への御熱愛ほどのものはこの世にもう一つとはないと私は拝見しているのです」
と言った。道理なことで、この場合の宮の御感情はさもこそと恐察される、隠しても姫君の普通の死でない噂《うわさ》は立つことであろうから、今申し上げておくほうがよいと侍従は思い、
「だれかがお隠ししたかという疑いも起こることでしたなら、こんなふうに家じゅうの人が悲しみにおぼれることもないでしょう。お悲しみになってめいったふうになっていらっしゃいましたころに、殿様のほうから少しめんどうなふうの仰せがあったのです。お母様である方も、あのわめいております乳母なども初めからの方へ迎えられておいでになりますことの用意に夢中でしたし、宮様のお志に感激しておいでになりました姫君の思召しはまた別でしたから、それでお頭《つむり》が混乱してしまったのでしょう、思いも寄らぬことになりまして心身ともに失っておしまいになったので、あの乳母のようなむちゃな叫びもされるのですよ」
さすがに正面から言おうとはせずにほのめかしていることのあるのを内記も知った。
「それではまたお静かになってから改めて伺いましょう。立ちながらの話にしてはあまりに失礼なことになります。そのうち宮様御自身でもおいでになることになりましょう」
「もったいない、それはいけません。今になりましていっさいの秘密の暴露してしまいますことは、お亡《な》くなりになりました方のためにあるいは光栄なことかも存じませんが、十分隠したく思召したことですから、秘密は秘密のままにしてお置きくださいますほうが御好志になります」
などと侍
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