らとなさいますふうの見えますのはどうしたことでしょう」
とも右近はなだめていた。この人たちも思い乱れているのである。乳母は得意になって染めたり裁ったりしていた。新しく来た童女のかわいい顔をしたのを姫君のそばへ呼んで、
「まあこんな人でもお慰めに御覧なさいましよ。いつもお気分がすぐれないようにお寝《やす》みになっていらっしゃるのは物怪《もののけ》などがおしあわせの道を妨げようとするのかもしれませんね」
と言いながらも歎いていた。
大将からはあの返した手紙に対して言ってくることもなくそのまま幾日かたった。右近が姫君をおどすために話した内舎人という者が山荘へ現われて来た。噂《うわさ》どおりに荒々しい武骨なふうの老人が、声まで宇治の内舎人らしいこわい声で、
「もののわかる女房衆にお話がしたい」
と取り次がせたために、右近が出て行った。
「殿様からお召しがありましたので、今朝から京へまいって今が帰りです。いろいろと御用を仰せつけられましたついでに、こうしてここに奥様をお置きになっていらっしゃって、夜中でも夜明けでも御用には私らが宇治にいるのであるからと思召して、京のお邸から宿直の侍などはおよこしにならなかったところが、このごろになって、こちらの女房衆の所へよその人が通って来る話を聞いた、不届きだ、宿直に行っている者は出入りの人の名を聞いたはずだ、知らないで門を通すはずはないではないか、何という人が来たのかとこうお尋ねになったのですが、私は何も承知しないことですから、私は重い病気をしておりまして、そんなことのありましたのも、来た人はだれかということも存じません。ただしお役にたつような男はかわるがわる差し上げてあるのですから、ただ今お話のようなとんでもない事件がありますれば私の耳にはいっていぬはずはございませんとお取り次ぎをもって申していただいて来ました。気をつけて別荘を守れ、悪いことが起これば重い罰を加えるからという仰せがあったので、どんな罰にあうのかと恐れていますよ」
これを聞いていて右近は、梟《ふくろう》の啼《な》き声を聞くより恐ろしく感じた。答えもできず内舎人を帰したあとで、
「とうとうこんなことになりました。私が申していたとおりのことをお聞きになることになりました。大将様はあの秘密を皆お知りになったのですよ。お手紙もあれからまいりませんね」
などと姫君に言って歎息をした。乳母は内舎人の話を少し聞いていて、
「よく御注意をしてくださいましたわね。盗人《ぬすっと》などの多い土地だのに宿直の人だって初めほど頼もしい人は来ていなかったのですからね、代役だと言って下っぱの者をよこすようになって、その人たちというものは夜まわりをすらしないのですから」
と喜んでいた。浮舟はこうして寂しい運命のきわまっていくことを感じている時、宮から決心ができたはずであるとお言いになり、「君に逢はんその日はいつぞ松の木の苔《こけ》の乱れてものをこそ思へ」というようなことばかり書いておいでになった。どちらへ行っても残る一人に障《さわ》りのないことは望めない、自分の命だけを捨てるのが穏やかな解決法であろう、昔は恋を寄せてくる二人の男の優劣のなさに思い迷っただけでも身を投げた人もあったのである、生きておれば必ず情けないことにあわねばならぬ自分の命などは惜しくもない、母もしばらくは歎くであろうが、おおぜいの子の世話をすることで自然に自分の死のことは忘れてしまうであろう、生きていて身をあやまり、嘲笑《ちょうしょう》を浴びる人になってしまうのは、母のためには自分の死んだよりも苦しいことに違いないと浮舟は死のほうへ心をきめていった。子供らしくおおようで、なよなよと柔らかな姫君と見えるが、人生の意義というものを悟るだけの学識も与えられずに成長した人であるから自殺というような思いきったこともする気になったらしい。あとで人の迷惑になりそうな反古《ほご》類を破って、一度には処分せずある物は焼き、また水へ投げ入れさせなどしておいおいに皆なくしていった。秘密の片端も知らぬ女房などは、ほかへ移転をされるのであるから、つれづれな日送りをしておいでになる間にたまった手習いの紙などを破ってしまうのであろうと思っていた。侍従などの見つける時には、
「なぜそんなことをなさいますか。思い合った中でお取りかわしになったお手紙は、人にはお見せになるものではありませんでも、箱の底へでもしまってお置きになりまして、時々出して御覧になりますのが、どの女性にも共通した楽しいことになっておりますよ。この上もないお紙をお使いになりまして、美しい御文章でおしたためになったものを、そんなに皆お破りになりますのは情けないことではございませんか」
こんなふうに言ってとめる。
「いいのよ。私にはもう長い命はない
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