うのであるが、こうした夜によくもと思う心はこの人にもあった。お断わりのしようもないとして、自身と同じように姫君から睦《むつ》まじく思われている若い女房で、少し頭のよい人を一人相談相手にしようとした。
「少しめんどうな問題なのですが、その秘密を私といっしょに姫君のために隠すことに骨を折ってくださいな」
と言ったのであった。そして二人で宮を姫君の所へ御案内した。途中で濡れておいでになった宮のお衣服から立つ高いにおいに困るわけであったが、大将のにおいのように紛らわせた。
夜のうちにお帰りになることは、逢いえぬ悲しさに別れの苦しさを加えるだけのものになるであろうからと思召した宮は、この家にとどまっておいでになる窮屈さもまたおつらくて、時方《ときかた》に計らわせて、川向いのある家へ恋人を伴って行く用意をさせるために先へそのほうへおやりになった内記が夜ふけになってから山荘へ来た。
「すべて整いましてございます」
と時方は取り次がせた。にわかに何事を起こそうとあそばすのであろうと右近の心は騒いで、不意に眠りからさまされたのでもあったから身体がふるえてならなかった。子供が雪遊びをしているようにわなわなとふるえていた。どうしてそんなことをと異議をお言わせになるひまもお与えにならず宮は姫君を抱いて外へお出になった。右近はあとを繕うために残り、侍従に供をさせて出した。はかないあぶなっかしいものであると山荘の人が毎日ながめていた小舟へ宮は姫君をお乗せになり、船が岸を離れた時にははるかにも知らぬ世界へ伴って行かれる気のした姫君は、心細さに堅くお胸へすがっているのも可憐に宮は思召された。有明《ありあけ》の月が澄んだ空にかかり、水面も曇りなく明るかった。
「これが橘《たちばな》の小嶋でございます」
と言い、船のしばらくとどめられた所を御覧になると、大きい岩のような形に見えて常磐木《ときわぎ》のおもしろい姿に繁茂した嶋が倒影もつくっていた。
「あれを御覧なさい。川の中にあってはかなくは見えますが千年の命のある緑が深いではありませんか」
とお言いになり、
[#ここから2字下げ]
年|経《ふ》とも変はらんものか橘の小嶋の崎《さき》に契るこころは
[#ここで字下げ終わり]
とお告げになった。女も珍しい楽しい路《みち》のような気がして、
[#ここから2字下げ]
橘の小嶋は色も変はらじをこの浮舟ぞ行くへ知られぬ
[#ここで字下げ終わり]
こんなお返辞をした。月夜の美と恋人の艶《えん》な容姿が添って、宇治川にこんな趣があったかと宮は恍惚《こうこつ》としておいでになった。
対岸に着いた時、船からお上がりになるのに、浮舟《うきふね》の姫君を人に抱かせることは心苦しくて、宮が御自身でおかかえになり、そしてまた人が横から宮のお身体《からだ》をささえて行くのであった。見苦しいことをあそばすものである、何人《なにびと》をこれほどにも大騒ぎあそばすのであろうと従者たちはながめた。
時方の叔父《おじ》の因幡守《いなばのかみ》をしている人の荘園の中に小さい別荘ができていて、それを宮はお用いになるのである。まだよく家の中の装飾などもととのっていず、網代屏風《あじろびょうぶ》などという宮はお目にもあそばしたことのないような荒々しい物が立ててある。風を特に防ぐ用をするとも思われない。垣《かき》のあたりにはむら消えの雪がたまり、今もまた空が曇ってきて小降りに降る雪もある。そのうち日が雲から出て軒の垂氷《つらら》の受ける朝の光とともに人の容貌《ようぼう》も皆ひときわ美しくなったように見えた。宮は人目をお避けになるために軽装のお狩衣姿であった。浮舟の姫君の着ていた上着は抱いておいでになる時お脱がせになったので、繊細《きゃしゃ》な身体つきが見えて美しかった。自分は繕いようもないこんな姿で、高雅なまぶしいほどの人と向かい合っているのではないかと浮舟は思うのであるが、隠れようもなかった。少し着|馴《な》らした白い衣服を五枚ばかり重ねているだけであるが、袖口から裾のあたりまで全体が優美に見えた。いろいろな服を多く重ねた人よりも上手《じょうず》に着こなしていた。宮は御妻妾でもこれほど略装になっているのはお見馴れにならないことであったから、こんなことさえも感じよく美しいとばかりお思われになった。侍従もきれいな若女房であった。右近だけでなくこの人にまで自分の秘密を残りなく見られることになったのを浮舟は苦しく思った。宮も右近のほかのこの女房のことを、
「何という名かね。自分のことを言うなよ」
と仰せられた。侍従はこれを身に余る喜びとした。別荘|守《もり》の男から主人と思って大事がられるために、時方は宮のお座敷には遣戸《やりど》一重隔てた室《ま》で得意にふるまっていた。声を縮めるようにして
前へ
次へ
全26ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
紫式部 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング