談し合った。
守《かみ》は婿取りの仕度《したく》を一所懸命にして、
「女房などはこちらにいいのがたくさんあるようだから、当分あちらの娘付きにさせておくがいい。帳台の帛《きれ》なども新調しただろう、にわかなことで間に合わないから、それをそのまま用いることにして、こちらの座敷を使おう」
西座敷のほうへもそんなことを言いに来て、大騒ぎに騒いでいた。夫人が感じよくさっぱりと装飾しておいた姫君の座敷へ、よけいに幾つもの屏風《びょうぶ》を持って来て立て、飾り棚《だな》、二階棚なども気持ちの悪いほど並べ、そんなのを標準にしてすべての用意のととのえられているのを、夫人は見苦しく思うのであるが、いっさい口出しをすまいと言い切ったのであったから、傍観しているばかりであった。姫君は北側の座敷へ移っていた。
「あなたの心は皆わかってしまった。同じあなたの子なのだから、どんなに愛に厚薄はあっても、今度のような場合に打ちやりにしておけるものでないだろうと思っていたのはまちがいだった。もういいよ。世間には母親のある子ばかりではないのだから」
と守は言い、愛嬢を昼から乳母《めのと》と二人で撫《な》でるようにして繕い立てていたから、そう醜いふうの娘とは見えなかった。今が十五、六で、背丈《せたけ》が低く肥《ふと》った、きれいな髪の持ち主で、小袿《こうちぎ》の丈《たけ》と同じほどの髪のすそはふさやかであった。その髪をことさら賞美して撫でまわしている守であった。
「家内がほかの計画を立てていた人をわざわざ実子の婿にせずともいいとは思ったが、あまりに人物がりっぱなもので、われもわれもと婿に取りたがるというのを聞いて、よそへ取られてしまうのは残念だったから」
と、あの仲人《なこうど》の口車に乗せられた守の言っているのも愚かしい限りであった。
左近少将もこの派手《はで》な舅《しゅうと》ぶりに満足して、夫人のほうもやむをえず同意したことと解釈をし、以前に約束のしてあった夜から来始めた。守の妻と姫君の乳母はあさましくこれをながめていたのであった。ひがんだようには見られまいと夫人は世話に手を貸そうとも思っていたが、それをするのも気が進まないままに、二条の院の中の君へまず手紙を送ることにした。
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用事がございませんで手紙を差し上げますのもなれなれしくいたしすぎることになり、失礼かと存じまして、御機嫌《ごきげん》はどうかと始終気にいたしながらお尋ねも申し上げませんでした。あの方に謹慎の日がまわってまいりまして、しばらくどこかへ所を変えさせたいと思うのでございますが、そっとおそばへまいらせていただいていてはどんなものでしょう。人目につかぬお部屋《へや》が拝借できますれば非常にうれしいことと存じます。つまらぬ私には十分の保護もできませんで、あの方を苦しい立場に置きますことのしばしばある悲しい世でございますのに、お助け所と考えられますのはまずあなた様だけでございます。
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泣きながら書かれたものであるこの手紙を、中の君は哀れと思ったが、父宮が、あくまで子とあそばさなかった人を、父や姉の異議の聞きようのない世になって、自分が姉妹《きょうだい》としてつきあうのも気のとがめることであるが、また自分がかまわずにおいた結果、低い女房勤めなどをするようになることも心苦しいことに思われるであろう、自分の計らい方一つから姉妹がちりぢりになってしまうことも父宮のためにお気の毒なことであると思い悩まれるのであった。常陸《ひたち》夫人は大輔《たゆう》のところへも姫君についての心苦しさをやや強く書いて言って来たのであったから、
「何かわけがあることでございましょう。冷淡に断わっておしまいになってはいけません。ああした劣った人から生まれた方が姉妹《きょうだい》の中に混じっておいでになることは、どこにも例のあることでございます。先方が無情だと思いますような処置をおとりになってはなりません」
などと夫人に取りなして、
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それではお居間から西のほうに目だたぬ場所をこしらえましたから、いいお座敷ではありませんがごしんぼうをなさいますならしばらくお預かりになろうとおっしゃいます。
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と昔の朋輩《ほうばい》の中将へ返事をした。その人はうれしく思ってさっそく姫君を二条の院の夫人へ預ける決心をした。姫君も姉君と親しみたくてならぬ心であったから、かえって少将の問題が機会を作ったのを喜んだ。
常陸守は婿の少将の三日の夜の儀式をどんなふうに派手《はで》に行なおうかと思案をしたのであるが、高尚《こうしょう》なことは何もわからぬ男であったから、ただ荒い東国産の絹を無数に投げ出し、酒肴《しゅこう》も座が狭くなるほどにも運び出すような歓待《もてなし》ぶりをしたのを、卑しい従者らは大恩恵に逢《あ》ったように思って喜んだから、主人の少将もけっこうなことに思い、りこうな舅《しゅうと》の持ち方をしたと喜んだ。常陸夫人はこの儀式のある間は外へ出て行くのも意地の悪いことに思われるであろうと我慢をして、ただ父親がするままを見ていた。婿君の昼の座敷、侍の詰め所というような室《へや》を幾つも用意するために、家は広いのであるが、長女の婿の源少納言が東の対《たい》を使っていたし、そのほかに男の子も多いのであるから空室《あきま》もなくなった。今まで姫君のいた座敷へ四日めからは婿が住み着くことになっていては、廊座敷などという軽々しい所へ姫君を置くのはどうしても哀れでしんぼうのならぬことと夫人に思われて、考えあぐんだ末に中の君へ預けようとしたのである。だれもが八の宮の三女として姫君を見ないところから、私生児として軽蔑《けいべつ》するのであろうと思い、お認めにならなかった宮の御娘の女王《にょおう》の所を選んでしいて姫君の隠れ場所にしたのであった。
姫君には乳母《めのと》と若い女房二、三人がついて来た。西向きの座敷の北にあたった所を部屋に与えられた。長い間遠く離れていた間柄ではあるが、母方の血縁のある常陸夫人であったから、来た時には中の君も他人扱いにはせず、顔を見せずに隠れて話すようなこともせず、親王夫人らしい気品を持って、若君の世話などをする様子も近く見せられるのを、わが娘に比べて常陸夫人がうらやましく思うのも哀れである。自分も八の宮夫人と家柄の懸隔のあるわけではない、叔母《おば》と姪《めい》だったのではないか、女房になって仕えていたという点で、自分の生んだ姫君は宮の女王の一人に数えられず私生児として今度のように、露骨に人から軽侮の態度をとられることにもなったと思う心から、こんなふうにしいて親しみ寄ろうとするのも悲しい心である。
その一室には物忌《ものいみ》という札が貼《は》られ、だれも出入りをしなかった。常陸夫人も二、三日姫君に添ってそこにいた。以前の訪問の時と違い、今度はこんなふうでゆるりと二条の院の生活を昔の中将は観察することができた。
兵部卿《ひょうぶきょう》の宮が二条の院へおいでになった。好奇心から常陸夫人は物の間からのぞいて見るのであったが、宮は非常にお美しくて、折った桜の枝のような風采《ふうさい》をしておいでになった。自身が信頼して、強情《ごうじょう》で恨めしいところはあっても、機嫌《きげん》をそこねまいとしている常陸守よりも姿も身分もずっとすぐれたような四位や五位の役人が皆おそばに来てひざまずいて、いろいろなことを申し上げたり、御意を伺ったりしていた。また年若な五位などで、この夫人にはだれとも顔のわからぬお供も多かった。自身の継子の式部丞《しきぶのじょう》で蔵人《くろうど》を兼ねている男が御所の御使《みつか》いになって来た。こんな役を勤めながらも、おそば近くへはよう来ない。あまりにも普通人と懸隔のある高貴さに驚いて、これは人間世界のほかから降《くだ》っておいでになった方ではないかという気が常陸の妻にはされた。こんな方に連れ添っておいでになる中の君は幸福であると思った。ただ話で聞いていては、どんなりっぱな方でも女に物思いをおさせになってはよろしくないと、憎いような想像をしていた自分は誤りであった、このお美しい風采《ふうさい》を見れば、七夕《たなばた》のように年に一度だけ来る良人《おっと》であっても女は幸福に思わなくてはならないなどと思っている時、宮は若君を抱いてあやしておいでになった。夫人は短い几帳《きちょう》を間に置いてすわっていたが、その隔ての几帳を横へ押しやって話などを宮はしておいでになるのである。またもない似合わしい美貌《びぼう》の御夫婦であると見えるのであった。八の宮の豊かでおありにならなかった御生活ぶりに比べて思うと、同じ親王と申し上げても恵まれぬ方、恵まれた方の隔たりはこれほどもあるものかという気のする常陸夫人だった。几帳の中へおはいりになったあとでは乳母《めのと》などと若君のお相手をしていた。伺候した者の集まって来ていることが時々申し上げられても、疲れていて気分がよろしくないと仰せになって、夫人の室《へや》から宮はお出にならなかった。お食膳《しょくぜん》がこちらの室へ運ばれて来た。すべてのことが気高《けだか》く高雅であった。自身が姫君の生活に善美を尽くしていると信じていたことも、比較して見ていた目は地方官階級の趣味にほかならなかったと常陸夫人は思うようになった。自分の姫君もこうした親王とお並べしても不似合いでない容姿を備えていると思われる。財力を頼みにして父親がお后《きさき》にもさせようと願っている娘たちは、同じわが子であっても全然そうした美の備わっていないことを思うと、これからは姫君の良人を謙遜《けんそん》して選ぶ必要はない、自重心を持たなければならぬと一晩じゅういろいろな空想を常陸夫人はし続けた。
朝おそくなってから宮はお起きになり、病身になっておいでになる中宮《ちゅうぐう》がまた少しお悪いとお聞きになって御所へまいろうとされ、衣服を改めなどしておいでになった。心が惹《ひ》かれてまた常陸夫人がのぞくと、正しく装束をされたお姿はまた似るものもないほど気高くお美しい宮は、若君へお心が残るようにいろいろとあやしておいでになる。粥《かゆ》、強飯《こわいい》などを召し上がり、この西の対からお車に召されるのであった。今朝《けさ》からまいっていて控え所のほうにいた人々はこの時になってお縁側へ出て来て何かと御|挨拶《あいさつ》を申し上げたりしている中に、気どったふうを見せながら平凡でおもしろみのない顔をし、直衣《のうし》に太刀《たち》を佩《は》いているのがあった。宮のおいでになる前では目にもとまらぬ男であったが、
「あれがあの常陸守の婿の少将じゃありませんか。初めはあの姫君の婿にと定められていたのに、守《かみ》の娘をもらってかばってもらおうという腹で、女にもでき上がっていない子供を細君にしたのですよ。そんなことをこちらなどで噂《うわさ》する者はありませんがね、守の邸《やしき》に知った人があって私はその事情を知っているのですよ」
とほかの一人にささやいている女房があった。常陸の妻が聞いているとは知らずにこんなことの言われているのにもその人ははっとして、少将を相当な風采《ふうさい》をした男と認めた以前の自身すらも、残念に腹だたしく、あの男と結婚をさせれば姫君の一生は平凡なものになってしまうのであったと思い、あれ以来軽蔑はしているのであったが、いっそうその感を深くする常陸の妻であった。若君が這《は》い出して御簾《みす》の端からのぞいているのに宮はお気づきになって、またもどっておいでになった。
「中宮様の御気分がよろしいようだったら早く退出して来よう。まだお苦しいふうな御容体だったら今夜は宿直《とのい》しよう。この人がいては一晩でもほかにいる間は気がかりで苦しくてならない」
こう女房へお言いになりながらしばらく若君をお慰めになってから出てお行きになる宮の御様子は見ても見ても飽くことのないほどお美しかったのが、行っておしまいにな
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